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拝啓 愛しの野茂英雄様の巻

カメラ目線
確かに、オヤジ顔になっている由紀夫。


Pink Tea Time 2001年 10月号

拝啓 愛しの野茂英雄様の巻

8月1日
「ねぇ、この“もっこり”って、何?」
 不意に夫が質問するのである。
「へ? もっこり?」
 私は聞き返した。
 場所はボストンの日本食レストラン。我々は、かのフェンウェイ・パークで、偉大なるメジャーリーガー野茂英雄の雄姿を見にやってきたのであった。
「何よ、その“もっこり”って」
 見ると夫は、割り箸の袋の模様をじっと見ている。つられて私もジット見た。そこには、この日本レストランのトレードマークが黒々と印刷され、下には平仮名でくっきり「もっこう紋」と書かれている。
「これ、日本の家紋じゃないのッ! 木瓜(もっこう)紋ってあなた知らないのッ!」
 いつもなら「菩薩の妹子」と呼ばれるほど穏やかな性格の私だが、これにはついつい攻撃口調になるのを止めることが出来なかった。
 夫は先日も熊川哲也の『ジゼル』のことを、
「あのさぁ。パソコンで検索してもなかったよ、クマテツの『ジバル』」
 と言っていたよな…。
 しかし、夫、悪びれるふうもなく、
「家紋かぁ。僕、うちの家紋なんて全然知らないなぁ。だって、家紋がついた物なんかないし、印籠もないし」
 不思議な男である。ユニバースやベニーマートの陳列棚の配置は完全に把握しているのに、なぜ自分の家紋を知らないのか?
 そんな私の心中も知らず、夫は続ける。
夫「でも、印籠って一体、中身はなんなわけ?」
 私「ハンコじゃない?」
 夫「そうかなぁ。僕は毒薬だと思うなぁ」
私「でも印籠だからねぇ」
夫「じゃあ水戸黄門がアメリカで放映されたら、助さん角さんは印籠を持って何て言うわけ? “ダウンダウン! ジス イズ ア・スタンプケース!”って言うの? 変じゃない?」
私「・・・・・・」
 後で調べたら、やはり印籠は印鑑入れだったとわかった。後、装身具となり、応急薬などを入れるようになったという。
 後で寄ったNYで、アメリカ在住十数年のミッちゃんに聞いてみた。アメリカでは助さんは何と叫ぶのかという問題に関してである。ミッちゃんも、それは興味深い問題だが、水戸黄門をテレビで見たことがないので、質問には答えられないということであった。

8月2日
 私は、絶対フェンウェイ・パークで、野茂に『桃色茶時間』を渡そうと決心していた。
 ご存知の通り、私は野茂を他人とは思えないほど愛しちゃってる人間である。野茂目当てにメジャーリーグに行ったのは、これが三度目なのだった。
 ファンレターも書いた。内容はこうである。
「拝啓  野茂英雄様。夫と私はあなたが近鉄時代からのファンです。当時からトルネード投法は注目の的でしたね。あなたがピンクレディの振付師、ラッキー池田とテレビに出ていたのをよく覚えています。
“背中を向けたら、バット振っちゃう~ッ、う~ッ”
という奇妙な踊りを、二人で元気に踊っていましたよね」
 と熱烈な調子で、手紙はまとめておいた。
「これにサインしてね」と書き、カードと返信封筒も添えた。試合以外は全てに仏頂ヅラかつ不精そうな野茂が、そのまま投函すればいいように、青森の住所・宛名を書き、切手も貼ったものである。完璧な計画だった。
 ところがその切手一枚買うのに、膨大な時間と労力を費やすとは思わなかったのである。

8月3日
 まずホテルのコンセルジュに聞いた。ホテルにポストもあったから、きっとフロントで切手も買えるとふんだのである。するとコンセルジュは「ホテル内の雑貨屋で売っている」と言う。
 私はホテルの一角にある雑貨屋に直行した。朝8時であった。店は閉まっている。開店まであと三十分あると、通りかかったホテル従業員が教えてくれた。
 三十分後また店に行った。一緒に出かける予定の夫には、すぐ来るからと言い残した。   
 すると、既に客が数人列をなしており、レジの女は殺人的にレジがトロい女であった。
 「ったく、スーパー・ユニバースのお姉さんなら、一分で五十人はさばくぜッ! 青森に研修に来いッ!」
 と、内心舌打ちしながら待つこと7分。やっと私の番が。
 控えめに「八〇セント切手一枚」と言うと、そのレジ女はこう言ったのである。
「入口横に切手自販機がありまーす。そこから買って下さーい」
 それならそうと言ってくれッ。ったく私は夫を待たせてるんだッ! と、その切手自販機にダッシュで飛びつき財布を開けた私・・・あ、小銭がない。その赤いポストのような自販機はどう見ても製造後百年は経つ旧式で、ひょっとしてアメリカ独立戦争からここにあるのではと疑われるような代物なのだ。つまり、きっかりの小銭しか受け付けない。
 なんでこんな時に小銭がぁッ! 日本じゃ五千円札でも使えるのにィ! と、Uターンしてさっきの女に両替を頼む私! 再びトビウオターンで自販機に突撃し、小銭をチャリーン!
 するとどうだろう。押しても引いても切手は出てこないのだ。
 一体どうなってんだッ! と鼻穴を広げてトロ・レジ女に聞くと、
「あらぁ、切手売り切れでーす。外の郵便局で買って下さーい。すぐ近くでーす」
と、許せないことを言うではないか!

8月4日
 しかしウルトラ方向音痴の私が、その郵便局を一発で発見するなど、奇跡に近いのであった。だって、
 私「ねぇ。昨日のコンビニさぁ、玄関出て左に曲がって、また左だったよね」
 夫「そうそう。帰りは右に出て、また右に曲がるんだよ」
 私「わかってるわよッ!」
 こんな風にして我々の旅はいつも繰り広げられているからである。仕方なく、切手は後で買うことにした。これから夫とMIT(マサチューセッツ工科大学)見物に行く途中、買えるだろうと思ったのである。
 ・・・しかしどこにも切手は無かった。
 MITの売店でも聞いた。するとそこで私は信じ難い事実に遭遇するのである。
 店員は言った。
「入口横にある切手自販機で売っています」
 ギョッとして入口を振り返ると、ここにもあの独立戦争時代の赤い自販機が立っているではないか。恐る恐る今朝の小銭を入れると、やっぱり切手は、押しても引いても出てこないのである。
「売り切れですね」
 店員は答えた・・・。そして思った。
 アメリカ中にこの自販機が何台あるのか知らないが、きっと全ての機械が、独立戦争から売り切れだったのだろうと・・・。
 やっとMIT地下の郵便局で、八十セント切手一枚を買った時、私は嬉し涙に咽んだ。
 野茂よ! 日本に帰って来い! アメリカは切手もろくに買えない不自由な国だ。「自由の国」ってのは大嘘だったね・・・。そう思って泣いたのである。
 帰国して郵便受けを見ると、なんと野茂からのサインはきちんと届いていた。その時の感動と、球場での『桃茶』の行方は、また次回ということで、ひとつ。


眠る妖怪の巻

オヤジ
「久しぶりに見たら、すっかりオヤジになったね」と松子様に言われました。


Pink Tea Time 2001年 9月号

眠る妖怪の巻

八月五日
 就寝前の必需品。それは私の場合、セロテープである。
「テープをシワに貼って寝ると、シワが伸びるんだよ。女優がテレビで言ってたんだけど、お前もやってごらん」
 と、松子お姉様に指南されて以来、手放せなくなっているのだ。
 実は最近、夫に「めっきり老けた」と言われ、大変にショックを受けた。顔のお肌がたるんできていると言うのである。
 心当たりはある。
 私には左半身を下にして寝る癖があるのだ。すると左の頬をベッチャリと強くマクラに押しつけたまま、数時間もゴーンゴーンと熟睡するので、朝、左の鼻下から口の端にかけて、シワが大層深くついていることがよくあるのである。
 このシワが、起きて数時間経っても、なかなか取れなくなってきた。いやむしろ、日々深くなっている気がする。
 公称「二十四才」の私であるが、そう言い続けて数年経っている。私は焦っていた。
 そんな時、松子様の話を聞き、目から鱗の感動を受けたのであった。
「うーむ、セロテープか…。安いじゃん」
 その夜から私は、テープを三本、顔に貼って寝るようになった。両方の鼻の下の縦ジワと、左の目尻の合計三カ所。
 なるほど、なかなか効果はあるようで、朝テープを剥がした後は、問題の縦ジワがほどんと伸びきっている。まるで十代に戻ったような爽やかな朝だ。
 数時間すると、これがまた中年顔に戻るのだが、根気よく続ければ、きっとシワが薄くなってゆくのに違いないという希望が持てるのであった。

八月六日
 とはいえ、テープを貼った寝顔が相当に不気味なのは確かであった。目尻も引きつっているので、暗がりで見ると「眠る妖怪」のようである。
 夫は私の毛ズネまでは容認しているが、さすがに妖怪顔までは見せられないと思い、テープのことは黙っていた。
 寝るのは夫より後になるように時間調整した。しかも部屋を暗くしてから。そしてさらに用心し、夫には常に背を向けて寝るという念の入れようであった。
 しかし私が、寝た時のままの寝姿を朝まで持続することなど不可能であった。私は異常に寝相が悪いのである。
「毎日寝袋で寝て、寝相の矯正したら?」
 と夫にはよく言われている。しかも夫は運悪く、私より早起き男ときていた。
 明け方、私のイビキで目覚める習慣の夫にこのことを隠し通せるはずもなく、いつからかバレていたらしい。それなのに思ったほど夫が驚かなかったことが、逆に私の大きな驚きであった。
 ひょっとして、言葉も無いほど呆れられたのか。それとも既に私には興味がないのか?

八月七日
 その話を松子様にしてみた。つまり「妖怪顔」を毎夜見せるのは、あまりに申し訳ないのではないか? そこのところ、お宅はどうなっているのか? と聞いてみたのである。するとさすが松子様。
「夫がどう思おうと関係ないのよ」
 堂々たる発言であった。
 それに私はテープ三本で済んでいるが、松子様はもっと凄く、顔面ほぼテープだらけでお休みになっているという。
「だから夫より、ピョンピョンに会わせる顔がなくってねぇ」
 ピョンピョンとはペットの兔の名前であった。数ヶ月前松子様が買ってきたもので、今は息子ヒロシよりも、数倍可愛がっている存在と言っていい。
 家に帰ればまず、「ピョンピョン!」と叫び、松子様もピョンピョン跳ねながら、兔の檻に駆け寄ってピョンピョンにご挨拶。餌の栄養バランスにも気を使う。ペットフードだけではなく、人参・キャベツ・りんごなど、日替わりメニューは夫のおかずよりバラエティー豊か。しかも美味しそうな野草があると、通勤途中に車を止めて採集するという力の入れようだ。
 寝る前もピョンピョンにお休みを言うのが日課である。だから顔面テープだらけの顔で、「お休み、ピョンピョン!」と突然振り返ったら、ピョンピョンが後ろ向きに卒倒するのではないかと、大層心配したのだそうだ。
「でもね、何ともなかったのよ。臭いで私と分かるらしいねぇ」
 と嬉しそうに語る松子様であった。

八月八日
 そしてピョンピョンに対する愛情は、止まるところを知らないようであった。
「ああ、大きな犬が欲しいわぁ」
 と漏らす私に、松子様はおっしゃる。
「犬は散歩が大変だよ。それよりピョンピョンみたいな兔にしなさい。散歩は要らないし、鼻がヒクヒクして可愛いよぉ。ふふふ」
 すっかりご執心の松子様。
「でも、オムツ交換が大変なわけ」
「えッ! オムツ?」
 なんでも松子様は、檻の中だけではかわいそうだと、ピョンピョンを居間に放したりするという。すると方々にボロボロとウンコやオシッコをする。これは大変困る。
 散々考えた末、松子様は赤ちゃん用の紙オムツをカットし、装着したというのである。
「それがね、ピョンピョンは気が荒くて。最初は気づかなかったんだけど、大きくなってからよく見たら、タラコ状のモノが二つ、下腹の毛の奧にあるのよ。オスだったわけ」
 タラコは最初からタラコではなく、ピンクの豆粒のようだったので気づかなかったと、松子様は回想する。
「で、気が荒いから、オムツを付けようとすると必死で抵抗する。私は装着しようと押さえつける…。双方、汗ダクダクなわけ」
 数分後、それでもなんとかオムツ装着に成功すると、汗ダクで疲れ切ったピョンピョンはオムツの股を広げ、兔なのにぐったりと仰向けになったという。
「で、うまくいったと喜んで裏を見たら、ピョンピョンには尻尾があったのよ。紙オムツがフィットしないわけ」
「うーん、尻尾があったとは…」
 それでも松子様は諦めなかった。
 翌日は古ストッキングのお尻部分を加工し、尻尾の穴もきちんと開けて、兔用オムツカバーを作成。その中に紙オムツを切って当て、装着を試みたという。
「でもピョンピョンはやっぱり男でしょ。気が荒いから暴れて、また双方、汗ダクダク…。私はあのタラコが原因だと思うわけ」
 相当に、二つのタラコを恨んでいる松子様であった。
 それでもストッキングのオムツは大成功。数分間の格闘に再び負けたピョンピョンは、オムツ姿でぐったりと仰向けにはなったが、その後気を取り直したか、むっくりと起きあがり、居間を散策していたそうだ。
 さて最近、鶴子(松子様の娘)がM市から帰省した。そして鶴子は「ハムハム」という名のハムスターを連れてきたという。
 ピョンピョンにハムハム…。
 この、果てしなき安易さ。親子とはここまで似るものであろうか。生命の神秘に深く思いを致す今日この頃である。


先に毛ズネからの巻

見つかりました
「おっと、見つかりましたか…」 懐中電灯に驚く由紀夫。



Pink Tea Time 2001年 8月号

先に毛ズネからの巻

七月八日
『花様年華』を見に行った。愛しのトニー・レオン主演の不倫映画である。
 監督はまたしても『ブエノスアイレス』のウォン・カーウァイ。この監督、トニーの白いぴちぴちブリーフ姿に、ゾッコン惚れこんでいるんだねぇということは、想像に難くないのであった(Pink Tea Time1998年9月号参照)。
 ポスターがまた、いいのである。
 燃えるような紅色を背景に、半身を起こして横たわる、赤いチャイナドレスの女。すらりと伸びた足に、黒のハイヒールを履いている。トニーの不倫相手役だ。
 スネ毛の処理が大変だろうなという感想が、まず頭に浮かんだのは、私のいつもの習性であった。
 そして女のくるぶしに片手を置き、両太モモの上に顔をうずめるトニー・レオン・・・。
 よだれが出そうである。
 格好からすれば、
「ママぁ。ボク、おねむなの」
 とでも呟いていそうな形であるが、トニーのバリッとしたスーツ、そしてテカテカのポマードヘアが、アジア男の礼儀正しい色気を発散している。完璧なポスターであった。

七月九日
 私はその日、「ポスターのヒロインは私よ!」という意気込みで劇場に向かった。スネ毛はモサモサなので、チャイナドレスは決して着られないのに、もう完全に感情移入できるから不思議である。
 そういえば先日、職場の避難訓練で、大変な失敗をしたばかりだよな。救助袋「オリロー」の体験係に指名され、三階から滑り降りることになったのである。
 まず最初に、業者の諸注意があった。
 オリロー初心者の場合、ズルズルと滑るうちにシャツがめくれてしまい、ブラジャー丸見えだが頭はシャツで隠れているという状態で降りてくる人がいるという。そんなことになったら大変だ。
 そこで私は、シャツの裾をズボンの腹にしっかり押し込んで出発した。準備は万端だった。
 ところが、予想外のことが起こった。
 シャツはめくれなかったが、ズボンが裾から膝までズルリズルリとめくれ上がり、私は、毛ズネ丸見え状態で、救助袋の下から「ニュッ!」と出現してしまったのだ。勿論、先に毛ズネから。
 しかも、体験者のサポート役ということで、救助袋の出口で待っていたのは、M君ではないか。M君は職場でも評判の若くていい男。色は浅黒く、空手は四段である。
 悔やんでも悔やみきれない事件であった。M君は私の秘密を、予期せず目撃してしまったに違いない。

七月十日
 そんなホロ苦い思い出が、チラッと頭をかすめたが、私は気を取り直して、『花様年華』の世界に突入していた。それほど人もいなかったので、しっぽりと自分の世界に浸れる、人から少し離れた席を選んだのである。
私 「うふふふふ・・・」
 すると、開演から約二十分後。
 野球帽に作業ズボン姿の一人のオヤジが、どかどかと、私から程近い席に座るではないか。
 どうしたことであろうか。始めは何か急な改修工事でも入ったのか? と思ったのである。しかし違った。オヤジはなぜかそのまま『花様年華』を見ている。
 どうしたことであろうか。一体、なじょして判忠太(ばんちゅうた)のようなオヤジが、こんなロマンチックで静寂な映画を見に来るのか。高倉健の『ホタル』は東映ですよ、と言ってやろうかとも思った。
 しかし、オヤジは『花様年華』を見ている。
 そのうち次第に私は我慢ならなくなった。というのもそのオヤジ、大層息が荒いのである。
 蓄膿症であろうか。それとも鼻くそが詰まっているのか、息をする度に「ガーガー」言っている。おかげで私は、トニー様との世界に没頭できなくなってしまったのだ。
 それだけではなかった。荒い息が、ますます荒さを増していったかと思うと、ある時点から「ンゴーッ!」「ゴゴゴーン!」という嵐のようなイビキに変化していたのだ。
 許せなかった…。
 私は「オヤジのイビキ鑑賞会」のために千七百円も払ったのでは断固としてない。天に代わって誅戮(ちゅうりく)してやりたいッと、私はその時、猛烈に思ったのである。
 そういえば二週間前、お母様とホテルに泊まった時も酷い目にあったばかりである。
 実は私も人呼んで「夜明けのゴジラ」。可愛く楚々とした外見にも似合わず、ちょっとイビキをかく習性があることを、既に知らない人はいない。またそれが遺伝であることも、周知の事実である。
 お母様は隣のベッドで、一時間はたっぷり重低音アナログ・サラウンド型のイビキをおかきになっていたが、次の朝私が指摘すると、ケロリとしておっしゃるのである。
「えッ、私がイビキ? そりゃおかしいねぇ。昨夜は、かかないつもりだったんだよ」
 うーむ…。お母様はもしかして、「イビキ自由自在法」などという幻の秘技を修行中なのか?
 バケモノと言われるお母様であるから、あり得ない話ではない。完成したら、是非私にも伝授願いたいと切に願ったのである。
 

ロシアとハワイの、青森での遭遇・・・の巻

フラ2
二年前のお正月、大野家でハワイへ行ったときのスナップ。

Pink Tea Time 2001年7月号

ロシアとハワイの、青森での遭遇・・・の巻

六月一九日
 最近、私のコーヒーは夫の出がらしで淹れている。職場が変わった夫が、ポットにコーヒーを入れて持っていくようになったのがきっかけだった。
 正確に言えば「職場」ではない。大学だ。
 この春から休職し、夫は二年間、大学で学ぶことになったのである。
その間、無給。
よって今の世帯主は、フルタイムの仕事を持つ私。夫は私の扶養家族となっているのだ。
「これから、いよいよドケチ・モードに突入だな!」
 四月、夫は決心したように言った。
「えっ! じゃあ今までの生活は何だったの?」
 私はのけぞった。
 それを聞いた私のお母様は、こう仰ったという。
「これまでだって人間並みの物を食べていないんだ。今年は妹子達、餓死するんじゃないだろうね」
 大学の研究室にはコーヒー・メーカーなど存在せず、節約のため、それまでコーヒーは職場でしか飲まなかった夫は困惑した。
「仕方ない。自販機や食堂は高いから、ポットを持っていくよ」
 かくして夫は、毎朝コーヒーを淹れる。計量スプーン三・五杯分の豆で、五杯分のコーヒーを淹れるのである。
 すると、コーヒーの出がらしが、毎朝大量に出る。実にもったいない。振り返れば私は、アメリカン・コーヒー派だ。濃いのは胃にも悪い。
 夫が出かけた後、残っていた豆で一・五杯分のコーヒーを淹れてみたところ、これが全然オッケー。以来私のコーヒーは、出がらしコーヒーとなっているのだ。しかもコーヒー・フィルターも一枚で済むという副産物付きなので、ダブルでケチをしているという充実感も味わえるのである。
 ある朝、薄いコーヒーを飲みながらの会話。
私「お嬢様育ちの私に、ここまでドケチが身に付くとは思わなかったわ」 
夫「いやいや、こんなのドケチとは言えないよ」
私「あ、本当のドケチは、インスタント・コーヒーってことね」
夫「いや、本当のドケチはね、飲まないんだ」
私「・・・・」

六月二〇日
 ところでなあんと、このコーナーが一冊の本『桃色茶時間』になり、その売込みで大忙しの私。出ただけで、無条件に感謝感激の大事件ではあるが、出来ることなら売れて欲しい。これが売れないと、次の本が出ないからだ。
 例えば、一昨年前に亡くなったお父様の「あ! お骨がないッ!」葬式事件、それにまつわる「葬式三段の三十郎、大活躍」の巻なんかは、今後の高齢化社会を担う人々に必読の体験談だ。
 また、骨折で入院した私の「いびき大騒動」、同室になった人々の、アンビリーバボーな不幸の連続ドラマ「ザ・不幸クラブ」も捨てがたいと思うのである。
 これら四年分の原稿が、次の出番を待っている。なんとか売りたい! という意気込みなので、辣腕編集者F氏は、いつになく真剣に仕事に取り組んでいた…。

六月二〇日
「出版記念パーティやるから」
 ある日、F氏は言った。
「えッ? そんなのに誰が出たいんですか?」
「一応、やるものなのッ。来てくれた人の分だけ、本も売れるでしょッ!」
 だが、このご時世。しかも私は名もないライターだ。私が物書きをやっていることを知る人は、極々一部なので、そう簡単に人が集まるものではない。
「パーティだからねぇ。何か余興が必要だな。知合いに芸のある人、いないの?」
 ある日、辣腕編集者F氏は言った。
「えッ! げ、芸? …ドケチは芸に入りませんよね?」
 私はひどく困惑した。そして話し合いの結果、余興は河原崎理佳さんの「フラ・ダンス」しかないという結論に達したのである。
 理佳さんは、旅のライター。グラフ青森の連載「津軽三十三観音巡礼」と「花ごよみ」を書いている人だ。
 書ける文章の守備範囲は広く、かつ多芸多才。「生まれはハワイ」と公言するだけあった、「フラ」はプロ級。動きに共通点があるのか、阿波踊りも相当うまく、「アワ・オドラー」という肩書きもあるそうだ。
「昔、花屋に勤めていた」ので、アレンジ・フラワーは本当のプロだし、「しばらくアフリカにもいた」そうなので、ひょうたん楽器の演奏もする。今は五所川原で立佞武多の紙貼りをしているし、三日前は上手に自転車にも乗っていた。何でもデキル人だ。 
 ここまでくると、何が何だか正体のわからない人物、河原崎理佳氏…。
この「芸の塊(かたまり)」という理佳さんは、二つ返事で出演をOKしてくれ、めでたくパーティの余興は決定したのである。

六月二十一日
「本番に備えて、平和公園で練習したわよ。観客がいないと、私、いやなのよねぇ」
 と言う理佳さんは、「人前で、あがったことがない」という超人的な人物であった。
 素晴らしい…。
「人前であがらない」ということ自体、もう立派な「芸」である。例えば「心臓芸」という分野に分類されるのではないか。

フラ
これは理佳さんではありません。念のため



 さて、本番は理佳さんの独壇場だった。
 黄色地に色鮮やかな花模様を染め抜いたムームーで、颯爽と登場! 私の出版記念パーティのはずが、一気に会場は、タリラリラ~ンという南国ムードに占拠されきっていたのであった。
 お客様の目は一斉に、理佳さんに釘付け状態に。
 最前列の正面にいたセルゲイ(私の英語の先生でシャイなロシア人。二十四才)が、尖った鼻ツキで食い入るように見ていたのを、私は忘れられない。
 ロシアとハワイの、青森での遭遇…。著しくインターナショナルな構図であった。
 波乱含みだったパーティも無事終了。あとは読者の皆様の応援をお願いするばかりである



「あなたも罪な人間だと自覚するべきだよ」の巻

青い服



Pink Tea Time 2001年6月号

「あなたも罪な人間だと自覚するべきだよ」の巻

5月14日(月)
 最近の私は、どうしたことであろうか。
私というものがありますので、明日必ず来てくれませんか・・・」
 同僚が出入りの業者に、真顔で電話しているので、
「君たち、そんな仲だったのかっ!」
 と思ったのである。
 が、実は
渡したい物がありますので
 と言ったのを、私が聞き違えたのだった。
 空港でもこんなことがあった。
発情島行き、JAL○○便に御搭乗のお客様に申し上げます・・・」
 私はビックリした。
「エエッ! 発情島行?」
 するとそれは、「八丈島行き」と言っていたのであった。
 それに、やっぱり同僚に、
「君は職場の、年期物だからねッ!」
 と言われ、ムッとしたことがあった。年をいつも十五才ほどサバ読んでいるのが、バレたのかと思った。
 するとそれは、「君は職場の、人気者だからね」の間違いであった。
 本当におかしい。最近耳が変なのかと、時々思ってしまうのだが、またまた耳を疑うような一言を昨日、梅子様から聞いてしまったのである。

5月15日(火)
【今月の名言!】 
「あなたも罪な人間だと自覚するべきだよ」
   (銀次郎氏が梅子姉様に言った一言) 

 大野家でただ一人「常識を持ち合わせた人間」と言われる銀次郎氏は、梅子様の夫。家事も見事にこなす上、大層無口であるため、ルックスは全く別にして、「今、結婚したい男ランキング?1」と目される人物である。 昨日、夫婦揃ってうちに遊びにきた梅子様が、こうおっしゃるのだ。
「二谷友里恵は、某飛行機会社を絶対に利用しないそうです。郷ひろみが関係した女に、いじめられるからだって!」 
 梅子様は最近、二谷友里恵が書いた本を読んだそうである。
「だって郷ひろみは、何百人ものスチュワーデスと関係してたらしいですよっ!」
 郷ひろみ・・・。凄い男である。
 何十年も顔が変わらないという点で、かなり凄いとは思っていたが、「何百人ものスチュワーデス」とは驚きだ。その重労働の跡を微塵も感じさせない、あの坊や顔。さすが、世紀のエンターテイナーである。
 さらに続ける。

 梅子様 「二谷友里恵は虫がよすぎる。郷ひろみは、そうして全国に幸福を振りまいているんだ。いい男を独占しようってのは、罪悪だからねって銀次郎さんは言うの」

 私  「私生活でもエンターテイナーだったわけね」

 梅子様 「そう。そして、だから私も相当に罪作りな人間だと自覚しなくちゃって銀次郎さんは言うわけ」

 私  「へ?」

 銀次郎氏 「フォッ、フォッ、フォッ(笑い声)」

5月16日(水)
 銀次郎氏は、確かに真面目で働き者。そしてこの夫婦は、『鶴の恩返し』の逆パタ-ンとして大野一族に評価を受けている。
 つまり、梅子様が「よひょう」で銀次郎氏が「おつう」。というのも、梅子様は銀次郎氏の寝ている姿を一度も見たことがなく、銀次郎氏は梅子様が「寝たら?」と勧めても、絶対に寝ない男だというのだ。
「きっと私が寝ている間に、自分の羽をむしって機織りしてるんだわ。それにしては、三段腹ですけど」
 それに比べて梅子様は、大層よく寝る人物である。
 低血圧なので、朝は八時頃まで寝ているし、加えて体力もないので、夜も十時頃にはバッタリと熟睡している。 
 一方、銀次郎氏は通勤に一時間かかるため、朝は七時前に出勤。夜は食器を洗ったり、ミシンをかけたりした後(三月号参照)、遅くまでビデオ鑑賞や読書をする。最近は食器洗い機を購入したので労働量は減ったものの、家事は相当こなしているはずだ。
 それだけではない。週末も大忙しである。
 土曜日はいつも一人で実家に帰り、自分の両親を温泉に連れていって、孝養をつくす。この、「一人で実家に帰り」というのが実に重要だ。妻は何もしなくていいのである。日曜のお昼は、外出する梅子様の付き合いで、運転手として街に出掛けていく。
「私は別に行きたくないんですッ! 銀次郎さんが出たがりなのッ!」
 と梅子様はおしゃるが、それでもここまで付き合いと面倒見のいい夫は、天然記念物なみの貴重さではないか。
 絵を描く趣味もあるので、野山にスケッチに出掛けることも。日曜日に遊びに行くと、たまに居間をアトリエにして、絵を描いたりしている。
 また、深夜バスの往復で頻繁に東京にも出掛け、美術館や劇場を巡るのも趣味だ。深夜バスで帰った後、また七時前に出勤するというのは、全くもって驚くべき体力ではなかろうか。四十代なのに。

5月17日(木)
 そういえば、三月に大野一族で東京に出掛けた時も(三月号参照)、銀次郎氏は凄かったのよと、梅子様はおっしゃっていた。
「私が朝八時に起きたら、銀次郎さんがサンドイッチ食べて、缶コーヒー飲んでるわけ。近所で買ってきたの?って聞いたら、もう山の手線を一周してきて、さっき帰ったとこだって言うの」
 私達はその後、ホテルのレストランで朝食バイキングを腹一杯食べたのだから、銀次郎氏は二回、朝飯を食べたことになる。
「そして前の晩は、ホテルの近所の居酒屋に、一人で飲みに行ってたわけ。私は何時に帰ってきたか、知りませんよッ!」
 こんなわけで梅子様は、銀次郎氏が一体いつ寝ているのか、全然知らないという。
 本当に凄い。
 風貌は全く違うが、この活動量のスケールはまさに「郷ひろみ」級。もしかしたら、山の手線各駅に、彼が関係した女がいるのではないか?
 ま、絶対有り得ないと思うが。
 それより恐ろしいのは、ついに梅子様が、禁断の夫の寝姿を見てしまった時だ。
 「あれほど見ないと約束したのにッ!」
 など泣き叫び、銀次郎氏が鶴の姿で家を飛び出したらどうするのか? 一体誰が、家でミシンをかけるのか? などという不安が頭を離れない。
 しかし、それも有り得ない気もする。つまりそれほど、梅子様はいつも、グッスリ寝ている人物なのである。


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