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「警察を呼べッ! この生傷を見ろッ!」の巻

桜と由紀夫
散る桜を惜しむ由紀夫。(・・・だからって、腹、切るなよっ。)



Pink Tea Time 1999年年2月号

1月27日(水)
 お父さまは入院中の病院で、今や「隊長」と呼ばれている。ボケちゃったので最近のことは忘れているが、ボルネオ島に従軍したときのことは覚えているからだろう。
 入院当初、危篤状態だったときもこんなことがあった。
突然ムックリ起き上がり、
「く、薬をよこせッ! マラリアの薬だ!」
 と、手で空を掴みながら叫んだのだ。私が、
「マラリアの薬はないよ」
 と言ったら、
「そうか・・・。なくなったか・・・」
 と無念そうに答え、ガックリと首を垂れて、また寝てしまった。危篤中なのにボケまくりである。
 それでも最近は、前より「家に帰る」と騒ぐこともなくなり、随分と楽になった。
 以前は、
「おばあちゃん(お母様のこと)の側で死ぬんだ。帰って、おばあちゃんと53年間の結婚生活を語り合うんだぁ!」
 と、しつこく騒いでいた。そして他の入院患者をつかまえては、誰彼問わず、
「30万円やるから、おじいちゃんを家まで連れていってくれ」
 と口説いていたらしい。そのせいでおじいちゃんは「社長」とも呼ばれている。
 耳が遠いので補聴器をしているが、その補聴器の集音器部分を、どうしたことか、公衆電話がわりにしていることもあった。
 ある日、その集音器をマイクよろしく片手に持ち、
「成田タクシーさんですか。おじいちゃんでーす。家まで車一台お願いしまーす」
 と配車を頼んでいた。そんなことしても、自分のイヤホンに聞こえてるだけだっちゅーの。
 「帰るのじゃ」と、夜中にも長いこと騒いでいたので、看護婦さんにもかなり迷惑をかけたらしい。相当叱られたんだと思う。だって、担当のドクターを捕まえて、
「事務長! ここの看護婦ときたら、昼は看護婦だが、夜中はヤクザだッ!」
 と、怒っていたからね。
「警察を呼べッ! この生傷を見ろッ!」
 とも叫ぶので、見ると、その「生傷」とは、点滴と注射の跡であった。
 「事務長」呼ばわりされても、さすがに精神科の医者である。
「以前はちゃんと、先生って呼んでくれたのにねえ」
 とニコニコしながらおっしゃる。本当に素晴らしいドクターなのだ。

1月28日(木)
 そして病院でのおじいちゃんは、パジャマの上に大抵ガウンを着ている。
 私が帰ろうとすると、いかにも一緒に、寒風吹きすさぶ外に出るという感じで、そのガウンの衿をピシッと立て、
「じゃ、看護婦さん。ちょっと外出してくるから」
 と、片手を挙げるのだ。
「どこにぃ?」
 と答える看護婦さんを尻目に、ノコノコと私の後をついて来ようとすることは日常茶飯事。私がササッと逃げようとすると、おじいちゃんが、私のバックの肩ヒモ部分にガバッ!と食いつき、
「妹子ッ! お前っていうヤツは・・。面倒かけるんじゃないよッ」
 と、叫んだこともあった。
 どっちが面倒をかけてるのかを判断できるなら、人はそれを「ボケ」とは言わないのだろう。
 そのバックの肩ヒモは、根元部分で着脱出来るものだったので、私は「カチャッ」と留め金を外し、バック本体だけを持って、そのまま帰ってきた。
 おじいちゃんは、虚しくヒモだけを握りしめ、看護婦さんに取り押さえられていたのである。

1月29日(金)
 そんな「暴れん坊隊長」も、今ではすっかりおとなしくなった。本当にこの病院の治療のお陰である。
「また明日も来いよ。おいしいオヤツを持ってな」
 と、手を振って私を送り出すまでになっているのだ。おじいちゃんは、今では酒が飲めないので、酒の代わりにすっかり「オヤツじじい」になっている。見舞いに行くたび、
「今日のオヤツは何じゃ?」
 と聞くほどなのだ。
 そして今まで「要観察室」という、特別な個室にいたのが、三人部屋に移されるまでにも成長した。
 ところが、その三人部屋の相部屋の人も、相当に奇妙なのであった。
 ある日私がおじいちゃんに、かぼちゃプリンを食べさせていると、突然、隣のベットの人が、
「あのう、おたくさん、大便のほうはどうですか?」
 と聞いてきた。
 突然のことなので、「は?」と問いなおすと、やっぱり、
「大便のほうは、よく出ますかな?」
 と言っているらしい。何だか分からないながらも、
「はい、調子よく出ているようです」
 と答えると、隣人は納得したようであった。
 数日後、私がおじいちゃんに抹茶プリンを食べさせていたときも、また例の隣人が、
「あのう、お嬢さん。ちょっと聞きたいことがありまして」
 と言うのである。「お嬢さん」と呼ばれたので、ニッコリ笑って向き直ると、
「あのう、肛門の脇の大きな出来物は、あれは脱肛(ダッコウ)と言うんですかな?」
 と聞いてくるのだ。
 私は少しく困惑しながら、
「そっちの方は詳しくないんで、看護婦さんに聞いてください」
 と答えると、
「はて、看護婦さんは、そんなこと知っていますかなぁ?」
 などと真面目に言う。隣人は、何か肛門関係に悩みを持っているらしい。それにしても、なんでオヤツを食べさせているときに、そんな尾籠な話題なのか?
「一体なんなんだ。このオヤジ・・・」
 と思って隣のベットを見ると、隣人はもう「んガーッ!」
 と高イビキで寝ているのである。物凄い早ワザだった。
 これからこの病室の人間関係はどうなっていくのか? その展開に、相当興味が持たれる今日この頃である。
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