スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『私小説のすすめ』読みました。

P1000668.jpg 頭に鉢巻きをしてやりたい、と思わせる由紀夫。


田山花袋の『蒲団』。
読んだとき、確かに私も呆れました。
35,6の妻子ある作家が、同居している女弟子に恋情を抱き、
帰郷してしまった彼女の蒲団に、顔を埋めて泣く話ですよ。
そりゃ、男はバカだから、良くある話だと思うけど、
そんな話を読まされてもねぇ。


『私小説のすすめ』小谷野敦
平凡社新書 700円
 
才能がなくても書ける。
それが私小説。
その魅力を説き、「書きたい人」に勧める挑発的文学論!



以上が、帯のコピー。

あの、もてない男で有名な比較文学者:小谷野敦が、
最近は小説を書いているわけです。
この本は、子どもの頃から小説家になりたかった小谷野が
私小説なら才能がない自分にも書けることに気づき、
その具体的実践方法と、これまで私小説が辿った不幸な歴史の理不尽さを暴き、
漱石だって鴎外だってトルストイだって、み~んな私小説書いてんじゃねぇか!
と絶叫し、擁護するという内容の本。

意外な作品も、実は最近「私小説」であったことが
判明したりして、文学に興味がある人には、大変に勉強になります。

そしてこの小谷野の論が面白いのは、
人間を、常に「もてる」「もてない」に分類して論じる点。
中村光夫はもてたから、こんな論評やつまらない小説を書いたんだ
等と、結論づける小谷野の常套手段も、
豊富な資料や、それらの比較分析の緻密さで、もの凄い説得力を持つわけですね。

で、最初の田山花袋。
小谷野は徹底的に擁護していて、今も忘れ去られずに
読まれているこの作品の圧倒的な力を説きます。
そして、

私小説の醍醐味は、苦しみや切なさもさることながら、
この「情けなさ」にあると私は思っている。
・・・情けなければ情けないほどいい。」
「『蒲団』以降のものは、情けない失恋話だからいい」のであって、
「(これもやはり私小説である)鴎外の『舞姫』が、
明治四十年以降の私小説と違うのは、
それが「女を棄てた」自慢話になっているからである」


どーですか、これ。
もの凄く、説得力がありますよねぇ。


スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。