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「それじゃ、ユミさんってどなた?」の巻

シーツの中で寝る由紀夫
寝顔が渋い由紀夫。


Pink Tea Time 1998年11月号
「それじゃ、ユミさんってどなた?」の巻

10月28日(水)
 今日、仕事から家に帰って驚いた。
「こんなことで、貯金なんか出来ると思っているのッ?」
 いきなり夫が私を責めるのである。
 何事かと思ったら、便座を温めるスイッチを、私がオフにするのを忘れていたという。
「誰もいないのに、何時間も便座を温めておくなんて、電気代がもったいないだろ!」
 人生、何が人の逆鱗に触れるか、本当に分からない。
 我が家では節約と節電のため、寝る前に便座のスイッチを切るのが掟だ。当番は私。私が夫より遅く寝るためだ。反対に朝、スイッチを入れるのは夫。もちろん私より早起きだからである。
「ごめーん。寝るときは切ってるのよ。温度設定も最低だし」
 と言い訳すると、
「寝てるときより、昼いない時間が長いだろ。それに夜中は、トイレに起きることもあるんだ」
「なるほどな」とは思うが、これほどまでにうるさい夫が他にいるだろうかと、素直に納得できない。同僚に聞くと、
「エエーッ? 僕なんか夜中ゲームやって、そのままベロベロ寝ちゃって、朝、奥さんに『また全部電気つけたまま寝てぇーッ! 先月の電気代も一万四千円よッ』って、よく一発ヒザゲリを食らいますよ」
 だそうだ。うちの電気代は一ヵ月三千円だと言ったら、
「テント生活でもしてるんですか」
 と言われてしまった。
 とにかくこんな事情で、私はよそのトイレでも、むちゃくちゃ便座の温度が気になる習性がついた。
 水と電気とトイレットペーパーを節約するため、私はなるべく外出先でトイレに行くようにしている。すると、便座の温度をかなり高くしている所が、相当あることが分かってきた。これじゃ、エネルギーのムダ。それに電気代がかかって仕方ないじゃないか。
 いつも行くベイブリッジ下の本屋の便座は、ことのほか熱い。長時間座っていると、お尻がジューッと丸焼けになるくらいだ。そこのトイレに私はほぼ毎日入るが、入る度に温度ツマミを下げて帰ってくるのである。
 ところが次の日トイレに座ると、またツマミが元に戻っている。
 どーしたことかと首をひねりつつ、こっちもムキになって下げる。すると次の日、また上がっているのだ。意地になって上げている店員がいるのだろうか。実に不愉快である。
 しかし、こんなことをしばらく続けているうちに、これも一種のコミュニケーションではなかろうかという、なんだか不思議な気分になってきた。「文通」じゃあないから、あえて言えば「便器通信」。つまり「便通」って感じか? どんな人がツマミを上げているんだろう。きっと尻の皮が厚い人だろうなぁ。それとも南の島から来た人か? 寒がりだろうなぁなどと、相手の特徴まで思い描くようにまでなってしまった。
 とはいえ、電気の無駄使いはよくない。原発に反対するためにも、明日も元気に青森中の便座ツマミを下げまくるぜ! などと、妙な闘志を燃やしている今日この頃であった。

10月29日(木)
 便座といえばお父様である。
 ほとんど寝たきりになり、トイレも人の手を借りるようになっていた。ところがあんまり人を呼ぶので無視していたら、ひとりで全裸のまま、便座に腰掛けていたという。
「それはまるで、ロダンの彫刻のようでした」
 と梅子お姉様は回想する。パジャマの下だけ脱げばいいのに、なぜ上まで脱いてしまったのか?
 まあそれはそれとして、父様はまだ生きている。
 S病院に「もう長くない」と言われ、早速お母様は葬式費用も人に相談していた。なのに、気のせいか前よりも元気になったような気さえする。恐ろしい生命体だ。
 しかし、お父様はもうすっかりボケ老人になってしまったようだ。先月、派手に転倒したのが原因なのか。
 ついに入院したので、私は毎日お見舞いに行っている。自分で言うのもなんだが、本当に孝行娘だ。
 だのに梅子お姉様が見舞いに行って、
「いつも妹子が来てるでしょ?」
 と、お父様に聞いても、
「全然来ない」
 と、すまして答えていたという。子の孝行心を踏みにじる親だ。
 薬を持ってきた看護師さん(男性)と私を指して、
「二人とも、おじいちゃんの娘じゃ」
 と、これもすまして他の患者に教えていた。看護師さんは、
「前から気になっていましたが、僕は男です」
 と、迷惑そうだった。誠に申し訳ない。
 今思えば、
「おじいちゃんは、あさって死ぬのじゃ。入院はイヤなのじゃあっ!」
 と、夜中に暴れてS病院を出されたのも、「老人性せん妄」とかいって、ボケの症状らしい。ボケ老人には昼夜逆転者が多いのだ。 昼に見舞いに行っても、
「おじいちゃんはね、寝るよ。寝たいのじゃ」
 と、いつも言っている。
「どうして、いつも寝たがるの?」
 と聞くと、
「おじいちゃんは、寝るのが大好きなんだ」 との答え。本当に困ったものだ。

10月30日(金)
 ある日、別の看護師さんが、
「あなたが妹子さん?」
 と聞くので、そうだと答えると、
「それじゃ、ユミさんってどなた?」
 と言う。そんな名前は聞いたことがない。一体どこの女なのか?
 お父様は、「ユミ、ユミ!」とたまに叫んでいるらしい。全く、陰で何しているかわかったもんじゃない。
 ある日、梅子様が訪ねたら、看護師さん(女性)の手を握りながら、すまして車椅子に座っていたそうだ。ひでえエロじじいだ。
「おばあちゃん(お母様のこと)は、また『丹波』と出掛けたのか?」
 とも時々言っている。不思議に思った梅子様が、帰宅してお母様に、
「『丹波』という男に心当たりはあるか」
 と聞いたが、さっぱりわからないと言う。
「それとも、隣町の丹波さんのことかねえ。でも、なぜあんなジジイと私が出掛けるわけ?」
 と、お母様は自分の実年齢(73才)を棚に上げ、プリプリしていた。
 今後は、「果たして『ユミ』とは誰か?」「そして、謎の男『丹波』の正体は?」という点が、大野家のトピックになりそうだ。
「まさか、ユミって女に莫大な金を貢いでんじゃねえよな」
 という点だけが、しきりと気になる今日この頃であった。
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