スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『三島由紀夫の日蝕』石原慎太郎著

CIMG3130.jpg
パンダ由紀夫、別バージョン



年末、三島由紀夫の勉強を再開。
三月初旬には、『豊饒の海』第二巻の『奔馬』構成表を完成させる計画です。
実は、私の元担当教官であるY先生に、
第二巻論文執筆のご指導をお願いしています。そして
そのために、読んでみたのが、

『三島由紀夫の日蝕』 石原慎太郎著 1991年 新潮社

です。

感想は、一言で言うと、
「やっぱり男って、バカだよなぁ」
に尽きます。 つまり、

「結局三島って、男の見栄で死んだんじゃな~い?」

という私の仮説を裏付ける内容でしたね。

三島より七つ年下の石原慎太郎。
この本は、公私ともに親しかった石原が、
三島の死から二十年後に語るエピソードや、
三島切腹の解釈を語る内容です。

石原は、なぜ三島が、

「天皇の絶対化を唱え、天皇が象徴する文化の防衛を唱えて
そのためのクーデタ(?)を計った」

のか、今考えても意味不明だそう。ただ、

「国家への愛着とか危機感、使命感といったいかなる公的な衝動よりも、
何よりも横溢していたのは
自己への執着だったに違いない」

と結論づけています。
武士道とか、日本の伝統とか色々かっこいいこと言っていたけど、
結局、自分の言動のデモンストレーションを正当化するためっていうか、
平たく言えば「つじつま合わせ」のために、
死ぬしかなくなったということでしょう。

例えば。
三島は自作『太陽と鉄』のことを、
「自分を理解したければ、これに全て書かれている」旨を
言ったそうです。それに関して石原は、

「『太陽と鉄』は真摯な自己告白のように見えても実は
氏(三島)自身への粉飾でしかなく、本質的に嘘であり、間違いであり、
(中略)…氏はあの手のこんだ自殺のためにこれを書いたのではなく、
こんなことを書かなくてはならなかったが故に自殺した
のである」

と断言していますから。

そして、「盾の会」あたりからの三島の奇妙な暴走を、
誰かが止めてやれなかったのか…
という後悔の念が語られています。
ノーベル賞にも届こうという一流作家が指揮する兵隊ごっこを、
これは、「シャレ」なのか、どう反応すればいいのか、
周囲もさぞかし困ったでしょうねぇ。

ということで、ちょっと本日は難しいことを書きました。
でもポイントは、ホントに単純なことなのよね。

プライドのために死ぬ。

これが、男が繰り返してきた歴史の核心です。







スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。