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『1Q84』読みました。

P1780206.jpg
ドッグダンス本番前の由紀夫。緊張しても同じ顔。


(注:ネタバレなので、これからこの本を読む人は注意してください。)

村上春樹『1Q84』を読みました。学会で取り上げられるので、事前に読まなければならなかったわけですね。
それにしても、あれって何なの~?
友人二人が「話は良くできている」って言っていたし、件の日本近代文学会札幌大会の発表で、大学の先生が「色々な点を差し引いても(?)、村上春樹の集大成」みたいなことを言って評価していたけど、私は激怒よ!!
実は今まで村上春樹は、『ノルウェイの森』しか読んでいなかったわけ。あれが流行った当時、試しに読んだんだけど、私の趣味ではないと即断いたしましたから。だって「ギターを弾きながら長々語る男」ってのが登場するだけで、もう許せなかったのよ! 今もそうだけど。
確か主人公の男がそうじゃなかったっけ? あれ、女だった? どっちでもイラツクことに変わりはありませんが。
とにかく、『1Q84』について思うことは以下です。

1.二つの世界の関係が、理論的に納得できない。
 ・青豆は首都高速の非常階段を降りた時、「1Q84年に入り込んだ」ってことになっているけど、他の人はいつ入り込んだの? 「1Q84年以外の世界はもうない」なら、天吾が『空気さなぎ』を書き換えた時、全民族がこぞってこの世界に「入り込んできた」のではないの? だとしたら、ラストで青豆だけが非常階段を逆戻りしようとしても無意味じゃない? 全民族が首都高の非常階段を、一気に逆上しない限りは・・・。
 ・「月が二つあることに、気づく人と気づかない人がいる」って、どういうこと? この世界以外に世界がないなら、皆、月が二つであることを当然のこととして生きているはずでは?
 ・結局、「リトル・ピープル」「空気さなぎ」の意味が全く理解できない。

2.主役の男が腹立たしい。
つまり、元祖「草食系男子」である天吾の「気障な無責任さ」が許せない。最後まで無責任男だよね。だって、愛してるならもっと汗流して探せよ、青豆を! バカじゃないの。

3.結局、未成熟な少女と成人男性のセックスを描写したいだけなのではないか?
 パシヴァとレシヴァが男と女(しかも必ず成人男性と処女の組合わせ)である必要がどこにあるわけ。それを描くための物語をなんとかでっち上げたのねって感じ。


以上が、主な感想三点でした。
そして私は、BOOK2 第13章 289Pの以下の件に爆笑したわけ。男(宗教団体のカリスマ)と青豆のやりとりですね。

「わたしと取り引きをするということだね」
「そうです。私たちは取り引きをします」
「君はおそらく死ぬことになるよ」と男は言った。「君は追いつめられて罰せられる。その罰し方はあるいは酷いものになるかもしれない。彼らは狂信的な人々だ」
「かまいません」
「君には愛があるから」
青豆は肯いた。
「愛がなければ、すべてはただの安物芝居に過ぎない」と男は言った。「唄の文句と同じだ」


その時私は、なぜか、「あ~い~、それはぁ~、甘く~。あ~い~、それはぁ~、切なく~」という『ベルバラ』の主題歌を、心の中で歌っていましたわ。
ま、それはどうでもいいんだけど、とにかくこの『1Q84』って喜劇なのかしら? だって、天吾と青豆の「愛」って、愛? 何の実態もないただの片思い・妄想じゃ~ん。まさに『1Q84』という「安物芝居」を「愛」一言で解消しましたね、というのが私の感想。

そして青豆がラストで天吾との再会が果たせない所も酷いよね。自分のカッコワルイ服とサンダルに拘ってさえいなければ会えたかもねぇ・・・。
ま、『1Q84』が描く「愛」ってこんなレベルということでしょうか。


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COMMENTS

サンクス!

話題にはなっているけど、読破する気力もないし、どんなもんだろうな~と思っていました。
今日の妹子さんのブログを「ふむふむ・・・」と読んで、「了解!」って感じ。
私はそういうことで、この本はスルーしときます。

好みがありますので・・・。

村上春樹が嫌いな私はこう思うけど、「春樹教」の信者みたいな人もいるらしいですからね。
私の疑問に応えてくださる人がいればいいなと思っています。
理論的に理解できる部分がもしあったとしても、「嫌い」ですけど・・・。

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