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火を噴くゲゲゲの鬼太郎の巻

もっと喰いたい
「病院は嫌いです…」固まっている由紀夫。



Pink Tea Time 2002年 1月号

火を噴くゲゲゲの鬼太郎の巻

十二月十四日
 去年のことである。
「とにかく、超凄いから見た方がいい」
 と梅子様から「あるビデオ」を強く勧められたことがあった。
 やはり血筋であろうか。いつも無理矢理、内野聖陽や染五郎のビデオを宅配便で送りつけるお母様に似ている。
 正直言って私は、全然見たくなかった。というのも内容は私の苦手とするクラシック番組『N響アワー』だったからだ。
 一方、梅子様は大のクラシック好き。その余波を受け、いつも夫の銀次郎氏は無理矢理コンサートに連行されている。連行される理由の一つは、梅子様が大変な方向音痴で、一人ではコンサート会場に行けないという点があることを忘れてはならない。
「それでも夫は最近、芸術を楽しんでいますのよ。ホホホ」
 と梅子様はおっしゃるが、銀次郎氏は毎回、演奏中に熟睡しているのを私は知っている。
「静かな音楽の中で寝るのも、またいいものだよ。フォッ、フォッ、フォ」
 とは銀次郎氏の弁だから、さすが「逆・鶴の恩返し夫婦」と言われる梅子・銀次郎夫妻。深夜まで家事をする銀ちゃんは、相当疲れているんだろう。とはいえ、高い入場料をドブに捨てていると言っていいわけである。
 話を戻そう。
 かくしてそのビデオを、私は渋々見た。しかしこれが予想に反し、実に興味深い問題ビデオだったのである。
 
十二月十五日
 もちろん、問題は演奏自体ではなかった。問題は、指揮者の顔である。
 これが(「これ」というのも何であるが)、梅子様の「超凄い」の言葉を裏切ることなく、全く一見の価値がある「もの凄さ」なのであった。
 問題の顔の持ち主は、チョン・ミュンフンという韓国人指揮者であった。
 演奏前の数分間、指揮者のインタビューがあった。その時のミュンフンは、シックな黒のとっくりセーターなど着て、ゆったりと椅子にもたれ、紳士然として芸術を語っていた。その時は、特に何の異常もなかったと記憶している。多少、ゴリラに似た顔立ちだなと思った程度であった。
 梅子様も、一体どこが「超凄い」のか、全くヒントを下さらなかったので、私は、
「…ったく、ゴリラの指揮なんか見たかねえよ」
 といった時化(しけ)た心境で、続く演奏シーンに臨んだのである。
 ところがである。暫くして私は、我を忘れて食い入るようにTV画面を凝視している自分を発見した。というのも、ゴリラだったはずのミュンフンの顔が徐々に変形し、いつしかその形相は、「火を噴くゲゲゲの鬼太郎」のようになっていたからである。

十二月十六日
 とはいえ、初めあたりの穏やかな曲調では、うっとりと目を閉じ、ゆっくりと指揮棒を振っていたミュンフン…。完全に自分の指揮に陶酔しきっていた。
 ここまではよくあるパターンである。
 ところが、目を閉じたミュンフンが長時間、口を開いたままなのである。いつその口からヨダレが垂れるのか、大層気になってきたところあたりから、「なんか変だ」と私は思い始めた。ポッカリ開いた口の歪み具合によって、七変化する表情があまりに大胆で、見る者の目を釘付けにするのである。
 例えばある瞬間は、バナナをアングリ食べようとするゴリラ。次の瞬間は泣きべそ顔のゴリラ。瞑目して浪花節を一つ、温泉で唸っているゴリラ。ジャングルで誤って棘を踏みつけ、「オゥッ!」と叫んでしまったゴリラなど、実に豊かなゴリラの表情の変化を、次々と見せてくれる。
 と、演奏は突然激しい曲調になり、音量がドドーンと上がったかと思うと、ミュンフンの顔は次の瞬間、ボボーッ! と口から火を噴くゲゲゲの鬼太郎に変わっていた。
 完全に充血した眼をカッ!と開くと、眦(まなじり)はビリッ! と裂けている。頭を前後左右に、速く大きく揺さぶっているミュンフンの少ない髪…。
この映像の凄さは、上半身の激しい動きで完全に逆立った少ない頭髪と相まって、六臂(ろっぴ)三目(さんもく)の愛染明王をも連想させた。「ザ・コンダクター・フロム・ヘル」とでも言いたいところだが、愛染明王は地獄じゃないよな。

十二月十七日
 いや、そんな呼び名はどうでもいいのである。問題はその「問題ある顔」をアップで写し続けるNHKである。
「N響アワー」は作曲家の池辺晋一郎と女優の壇ふみ司会の大変上品な番組であるが、もし私がNHKの番組審議委員なら、断固「ミュンフンだけはなんとかしろッ!」と主張するであろう。
 そもそも「N響アワー」はクラシック音楽番組であるはずだ。それなのに、ミュンフンの顔の変化を一部始終中継して何になるのか? 視聴者はとても曲など聴いていられないではないか。
 これじゃぁ「鬼太郎アワー」だ。
 その証拠に、一体どんな曲を演奏したのか、私には全く記憶がない。「火を噴く鬼太郎」だけが記憶に残っている。
 それに梅子様がお茶の間でこのビデオを見ていた時、たまたま息子の大輔が通りかかったそうだ。当時高校生だった大輔はロック少年であったが、雷に打たれたように立ちすくみ、小一時間ほどじっとミュンフンを凝視していたという。その時の大輔の表情は、まるでホラー映画を見ているようであった、と梅子様は語る。

十二月十八日
 そもそも、壇ふみはおかしくないのか? これを見て笑わない人の気が知れない。
 演奏後の司会で、
「素晴らしかったですねぇ。私、ミュンフンさんのファンですが、感激しました」
 とか真顔で言っていたが、それは本心か? などと真剣に視聴者は思うのである。
 とにかく、梅子様には大変貴重なビデオを見せてもらった。今となっては感謝の気持で一杯である。
 私は、どっぷりと落ち込んでいるときに見る「癒しのビデオ」というのを持っている。それは三谷幸喜作、西村雅彦・近藤芳正出演の芝居『笑いの大学』だ。いつ見ても無条件に一時間は笑えるので、落ち込んでいる気持もサッパリと晴れてしまうのだ。
 このミュンフンも「癒しのビデオ」ライブラリーに堂々入るのではないか。それとも「ホラービデオ」ライブラリーか?

 
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