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拝啓 愛しの野茂英雄様の巻

カメラ目線
確かに、オヤジ顔になっている由紀夫。


Pink Tea Time 2001年 10月号

拝啓 愛しの野茂英雄様の巻

8月1日
「ねぇ、この“もっこり”って、何?」
 不意に夫が質問するのである。
「へ? もっこり?」
 私は聞き返した。
 場所はボストンの日本食レストラン。我々は、かのフェンウェイ・パークで、偉大なるメジャーリーガー野茂英雄の雄姿を見にやってきたのであった。
「何よ、その“もっこり”って」
 見ると夫は、割り箸の袋の模様をじっと見ている。つられて私もジット見た。そこには、この日本レストランのトレードマークが黒々と印刷され、下には平仮名でくっきり「もっこう紋」と書かれている。
「これ、日本の家紋じゃないのッ! 木瓜(もっこう)紋ってあなた知らないのッ!」
 いつもなら「菩薩の妹子」と呼ばれるほど穏やかな性格の私だが、これにはついつい攻撃口調になるのを止めることが出来なかった。
 夫は先日も熊川哲也の『ジゼル』のことを、
「あのさぁ。パソコンで検索してもなかったよ、クマテツの『ジバル』」
 と言っていたよな…。
 しかし、夫、悪びれるふうもなく、
「家紋かぁ。僕、うちの家紋なんて全然知らないなぁ。だって、家紋がついた物なんかないし、印籠もないし」
 不思議な男である。ユニバースやベニーマートの陳列棚の配置は完全に把握しているのに、なぜ自分の家紋を知らないのか?
 そんな私の心中も知らず、夫は続ける。
夫「でも、印籠って一体、中身はなんなわけ?」
 私「ハンコじゃない?」
 夫「そうかなぁ。僕は毒薬だと思うなぁ」
私「でも印籠だからねぇ」
夫「じゃあ水戸黄門がアメリカで放映されたら、助さん角さんは印籠を持って何て言うわけ? “ダウンダウン! ジス イズ ア・スタンプケース!”って言うの? 変じゃない?」
私「・・・・・・」
 後で調べたら、やはり印籠は印鑑入れだったとわかった。後、装身具となり、応急薬などを入れるようになったという。
 後で寄ったNYで、アメリカ在住十数年のミッちゃんに聞いてみた。アメリカでは助さんは何と叫ぶのかという問題に関してである。ミッちゃんも、それは興味深い問題だが、水戸黄門をテレビで見たことがないので、質問には答えられないということであった。

8月2日
 私は、絶対フェンウェイ・パークで、野茂に『桃色茶時間』を渡そうと決心していた。
 ご存知の通り、私は野茂を他人とは思えないほど愛しちゃってる人間である。野茂目当てにメジャーリーグに行ったのは、これが三度目なのだった。
 ファンレターも書いた。内容はこうである。
「拝啓  野茂英雄様。夫と私はあなたが近鉄時代からのファンです。当時からトルネード投法は注目の的でしたね。あなたがピンクレディの振付師、ラッキー池田とテレビに出ていたのをよく覚えています。
“背中を向けたら、バット振っちゃう~ッ、う~ッ”
という奇妙な踊りを、二人で元気に踊っていましたよね」
 と熱烈な調子で、手紙はまとめておいた。
「これにサインしてね」と書き、カードと返信封筒も添えた。試合以外は全てに仏頂ヅラかつ不精そうな野茂が、そのまま投函すればいいように、青森の住所・宛名を書き、切手も貼ったものである。完璧な計画だった。
 ところがその切手一枚買うのに、膨大な時間と労力を費やすとは思わなかったのである。

8月3日
 まずホテルのコンセルジュに聞いた。ホテルにポストもあったから、きっとフロントで切手も買えるとふんだのである。するとコンセルジュは「ホテル内の雑貨屋で売っている」と言う。
 私はホテルの一角にある雑貨屋に直行した。朝8時であった。店は閉まっている。開店まであと三十分あると、通りかかったホテル従業員が教えてくれた。
 三十分後また店に行った。一緒に出かける予定の夫には、すぐ来るからと言い残した。   
 すると、既に客が数人列をなしており、レジの女は殺人的にレジがトロい女であった。
 「ったく、スーパー・ユニバースのお姉さんなら、一分で五十人はさばくぜッ! 青森に研修に来いッ!」
 と、内心舌打ちしながら待つこと7分。やっと私の番が。
 控えめに「八〇セント切手一枚」と言うと、そのレジ女はこう言ったのである。
「入口横に切手自販機がありまーす。そこから買って下さーい」
 それならそうと言ってくれッ。ったく私は夫を待たせてるんだッ! と、その切手自販機にダッシュで飛びつき財布を開けた私・・・あ、小銭がない。その赤いポストのような自販機はどう見ても製造後百年は経つ旧式で、ひょっとしてアメリカ独立戦争からここにあるのではと疑われるような代物なのだ。つまり、きっかりの小銭しか受け付けない。
 なんでこんな時に小銭がぁッ! 日本じゃ五千円札でも使えるのにィ! と、Uターンしてさっきの女に両替を頼む私! 再びトビウオターンで自販機に突撃し、小銭をチャリーン!
 するとどうだろう。押しても引いても切手は出てこないのだ。
 一体どうなってんだッ! と鼻穴を広げてトロ・レジ女に聞くと、
「あらぁ、切手売り切れでーす。外の郵便局で買って下さーい。すぐ近くでーす」
と、許せないことを言うではないか!

8月4日
 しかしウルトラ方向音痴の私が、その郵便局を一発で発見するなど、奇跡に近いのであった。だって、
 私「ねぇ。昨日のコンビニさぁ、玄関出て左に曲がって、また左だったよね」
 夫「そうそう。帰りは右に出て、また右に曲がるんだよ」
 私「わかってるわよッ!」
 こんな風にして我々の旅はいつも繰り広げられているからである。仕方なく、切手は後で買うことにした。これから夫とMIT(マサチューセッツ工科大学)見物に行く途中、買えるだろうと思ったのである。
 ・・・しかしどこにも切手は無かった。
 MITの売店でも聞いた。するとそこで私は信じ難い事実に遭遇するのである。
 店員は言った。
「入口横にある切手自販機で売っています」
 ギョッとして入口を振り返ると、ここにもあの独立戦争時代の赤い自販機が立っているではないか。恐る恐る今朝の小銭を入れると、やっぱり切手は、押しても引いても出てこないのである。
「売り切れですね」
 店員は答えた・・・。そして思った。
 アメリカ中にこの自販機が何台あるのか知らないが、きっと全ての機械が、独立戦争から売り切れだったのだろうと・・・。
 やっとMIT地下の郵便局で、八十セント切手一枚を買った時、私は嬉し涙に咽んだ。
 野茂よ! 日本に帰って来い! アメリカは切手もろくに買えない不自由な国だ。「自由の国」ってのは大嘘だったね・・・。そう思って泣いたのである。
 帰国して郵便受けを見ると、なんと野茂からのサインはきちんと届いていた。その時の感動と、球場での『桃茶』の行方は、また次回ということで、ひとつ。


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