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眠る妖怪の巻

オヤジ
「久しぶりに見たら、すっかりオヤジになったね」と松子様に言われました。


Pink Tea Time 2001年 9月号

眠る妖怪の巻

八月五日
 就寝前の必需品。それは私の場合、セロテープである。
「テープをシワに貼って寝ると、シワが伸びるんだよ。女優がテレビで言ってたんだけど、お前もやってごらん」
 と、松子お姉様に指南されて以来、手放せなくなっているのだ。
 実は最近、夫に「めっきり老けた」と言われ、大変にショックを受けた。顔のお肌がたるんできていると言うのである。
 心当たりはある。
 私には左半身を下にして寝る癖があるのだ。すると左の頬をベッチャリと強くマクラに押しつけたまま、数時間もゴーンゴーンと熟睡するので、朝、左の鼻下から口の端にかけて、シワが大層深くついていることがよくあるのである。
 このシワが、起きて数時間経っても、なかなか取れなくなってきた。いやむしろ、日々深くなっている気がする。
 公称「二十四才」の私であるが、そう言い続けて数年経っている。私は焦っていた。
 そんな時、松子様の話を聞き、目から鱗の感動を受けたのであった。
「うーむ、セロテープか…。安いじゃん」
 その夜から私は、テープを三本、顔に貼って寝るようになった。両方の鼻の下の縦ジワと、左の目尻の合計三カ所。
 なるほど、なかなか効果はあるようで、朝テープを剥がした後は、問題の縦ジワがほどんと伸びきっている。まるで十代に戻ったような爽やかな朝だ。
 数時間すると、これがまた中年顔に戻るのだが、根気よく続ければ、きっとシワが薄くなってゆくのに違いないという希望が持てるのであった。

八月六日
 とはいえ、テープを貼った寝顔が相当に不気味なのは確かであった。目尻も引きつっているので、暗がりで見ると「眠る妖怪」のようである。
 夫は私の毛ズネまでは容認しているが、さすがに妖怪顔までは見せられないと思い、テープのことは黙っていた。
 寝るのは夫より後になるように時間調整した。しかも部屋を暗くしてから。そしてさらに用心し、夫には常に背を向けて寝るという念の入れようであった。
 しかし私が、寝た時のままの寝姿を朝まで持続することなど不可能であった。私は異常に寝相が悪いのである。
「毎日寝袋で寝て、寝相の矯正したら?」
 と夫にはよく言われている。しかも夫は運悪く、私より早起き男ときていた。
 明け方、私のイビキで目覚める習慣の夫にこのことを隠し通せるはずもなく、いつからかバレていたらしい。それなのに思ったほど夫が驚かなかったことが、逆に私の大きな驚きであった。
 ひょっとして、言葉も無いほど呆れられたのか。それとも既に私には興味がないのか?

八月七日
 その話を松子様にしてみた。つまり「妖怪顔」を毎夜見せるのは、あまりに申し訳ないのではないか? そこのところ、お宅はどうなっているのか? と聞いてみたのである。するとさすが松子様。
「夫がどう思おうと関係ないのよ」
 堂々たる発言であった。
 それに私はテープ三本で済んでいるが、松子様はもっと凄く、顔面ほぼテープだらけでお休みになっているという。
「だから夫より、ピョンピョンに会わせる顔がなくってねぇ」
 ピョンピョンとはペットの兔の名前であった。数ヶ月前松子様が買ってきたもので、今は息子ヒロシよりも、数倍可愛がっている存在と言っていい。
 家に帰ればまず、「ピョンピョン!」と叫び、松子様もピョンピョン跳ねながら、兔の檻に駆け寄ってピョンピョンにご挨拶。餌の栄養バランスにも気を使う。ペットフードだけではなく、人参・キャベツ・りんごなど、日替わりメニューは夫のおかずよりバラエティー豊か。しかも美味しそうな野草があると、通勤途中に車を止めて採集するという力の入れようだ。
 寝る前もピョンピョンにお休みを言うのが日課である。だから顔面テープだらけの顔で、「お休み、ピョンピョン!」と突然振り返ったら、ピョンピョンが後ろ向きに卒倒するのではないかと、大層心配したのだそうだ。
「でもね、何ともなかったのよ。臭いで私と分かるらしいねぇ」
 と嬉しそうに語る松子様であった。

八月八日
 そしてピョンピョンに対する愛情は、止まるところを知らないようであった。
「ああ、大きな犬が欲しいわぁ」
 と漏らす私に、松子様はおっしゃる。
「犬は散歩が大変だよ。それよりピョンピョンみたいな兔にしなさい。散歩は要らないし、鼻がヒクヒクして可愛いよぉ。ふふふ」
 すっかりご執心の松子様。
「でも、オムツ交換が大変なわけ」
「えッ! オムツ?」
 なんでも松子様は、檻の中だけではかわいそうだと、ピョンピョンを居間に放したりするという。すると方々にボロボロとウンコやオシッコをする。これは大変困る。
 散々考えた末、松子様は赤ちゃん用の紙オムツをカットし、装着したというのである。
「それがね、ピョンピョンは気が荒くて。最初は気づかなかったんだけど、大きくなってからよく見たら、タラコ状のモノが二つ、下腹の毛の奧にあるのよ。オスだったわけ」
 タラコは最初からタラコではなく、ピンクの豆粒のようだったので気づかなかったと、松子様は回想する。
「で、気が荒いから、オムツを付けようとすると必死で抵抗する。私は装着しようと押さえつける…。双方、汗ダクダクなわけ」
 数分後、それでもなんとかオムツ装着に成功すると、汗ダクで疲れ切ったピョンピョンはオムツの股を広げ、兔なのにぐったりと仰向けになったという。
「で、うまくいったと喜んで裏を見たら、ピョンピョンには尻尾があったのよ。紙オムツがフィットしないわけ」
「うーん、尻尾があったとは…」
 それでも松子様は諦めなかった。
 翌日は古ストッキングのお尻部分を加工し、尻尾の穴もきちんと開けて、兔用オムツカバーを作成。その中に紙オムツを切って当て、装着を試みたという。
「でもピョンピョンはやっぱり男でしょ。気が荒いから暴れて、また双方、汗ダクダク…。私はあのタラコが原因だと思うわけ」
 相当に、二つのタラコを恨んでいる松子様であった。
 それでもストッキングのオムツは大成功。数分間の格闘に再び負けたピョンピョンは、オムツ姿でぐったりと仰向けにはなったが、その後気を取り直したか、むっくりと起きあがり、居間を散策していたそうだ。
 さて最近、鶴子(松子様の娘)がM市から帰省した。そして鶴子は「ハムハム」という名のハムスターを連れてきたという。
 ピョンピョンにハムハム…。
 この、果てしなき安易さ。親子とはここまで似るものであろうか。生命の神秘に深く思いを致す今日この頃である。


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