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トリスの医者の巻

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Pink Tea Time 2001年 3月号

トリスの医者の巻

2月6日
 憧れの聖地、ブエノスアイレス。
 そこで私を待っていたものは、激しい腹痛と下痢であった。しかも三日間。
 どうしたことだろう・・・。食あたりだろうか。それとも「ホモの生霊」に取り憑かれたのか?
 始まりは、バー「スール」。古いタンゴ・バーである。そして、傑作ホモ映画『ブエノスアイレス』の中で、憧れのトニー・レオン様が働いていたバーである。
 ホモ・マニアの私は、何が何でも行きたかった。 

2月7日
 おおッ! ここがッ!
 ここがトニー様が触ったドアで、ここがレスリー・チャンが入ったトイレねッ!
 おおッ、このガラス窓・・・。石畳を歩くトニー様が、このガラス越しにスローモーションで映っていたわぁ。ぐふふふ。
出発前、予習・復習ということで、また四、五回は『ブエノスアイレス』のビデオを見てきた私だ。見覚えのある場所を、いちいち指差し確認した後、レスリー・チャンが「ホモだち」と座っていた丸テーブルについた。
 そして、もちろんトニー様が飲んでいたビールを注文。お通しのサンドイッチをパクリと一口、食べた瞬間である。
「ゲゲッ!」
 突然、激しい吐き気が私を襲った。
「・・・・・グググッ」
 どうしたことだろう。もう一分もその場所に座っていることができないほど、私は吐きそうになったのだった。
 慌てて外に飛び出し、ホテルに直行。なんとその後三日間、「トリス医者」の世話になるとは、予想だにしていなかった。

2月8日
 トリスの医者。
 何のことやらわからないであろう。
 もう三十年は昔のこと。トリス・ウイスキーのCMには、渋いオヤジのアニメ・キャラクターが使われていたのである。
 そのオヤジは、コップを臥せたような「ズンドウ体型」をしていた。臥せたコップの上三分の一に目と鼻があり、残り三分の二が胸と腹。その下にマッチ棒のような細い足がついているというアニメ・キャラである。
 ブエノスアイレスの医者が、まさにそれだった。
 三日間、ホテルに往診に来た日本人医師。彼がドアを開けて登場するなり、
「あ、トリスの男」
 と、私はベットで小さく、人差し指をさしてしまったほどである。
 つまりその男は三頭身で、首もウエストもなかった。「くびれ」というものが体のどこにもない。ズドンとしている。顔色は赤黒く、いい感じに「南米焼け」していた。
 首がないからきっと、マフラーが出来ないんじゃないか。無理にマフラーをすると、マフラーが「肩掛け」になってしまうだろうなぁなどと、私はその瞬間に想像した。

2月9日
 しかしこの「トリスの医者」は、見かけはゴツいが、なかなか親切であった。
 応対が誠実で、威張ったところが全くない。説明も丁寧なので、一晩悪寒に苦しんだ私も、その時は「これで安心だぁ」という気分に変わりつつあったと言っていい。
「下痢はどんな下痢? ・・・あ、水みたいな下痢ね。色は? ・・・あ、ふつうの色・・・。で、おしっこの色は?」
 妙に詳しい問診のあと、「トリス」は私に背を向け、ごそごそと鞄の中を探りながら言った。
「熱を測った方がいいですね」
 するとこの医者、整理整頓が全くダメな男らしく、鞄の中が「山イモのごった煮」のように、ぐじゃぐじゃなのである。
「あ、体温計がない・・・」
 しばらく探したが、体温計は出てこない。
「まッ、熱はそれほどないようですから、いいでしょう。うーむ・・・じゃあ痛み止めの静脈注射をしますよぉ。これは効き目が早いんです」
 と「トリス」は気を取り直して言い、「ごった煮」の鞄をあさっていた。すると間もなく、
「あ、静脈注射がない・・・」
「・・・・・・」
 一体何しに来たんだッ! とは思ったものの、体力が衰えていた私は何も言えない。
 そして、再び気を取り直したトリスは、効き目の早い静脈注射でなく、巨大な筋肉注射を、私の尻に「ブスッ!」と刺し、去っていったのである。
「8センチはある長い針だった。うち、7センチは尻に刺さったようだ」
 と、脇で目撃した夫は証言した。

2月10日
 そしてこのトリス、肝心なものは無いのに、薬だけはやたらと持っている男であった。
 初日にもらった薬は五種類。水に溶かすポカリ・スエットみたいな粉末と水薬、その他三種類の丸薬をくれたのである。しかもその丸薬が、見たことないほど巨大なのだ。
 日本の薬は小粒で、直径せいぜい七ミリ。スルスルと飲めてしまうのが当たり前だ。
 ところがアルゼンチンの薬ときたら、まるでライフルの弾丸だ。後で測ったら直径一・五センチ、厚さが約七ミリもある。こんなのぐったりした病人に、三個飲めというのは拷問ではないか?
 トリスは、そんな私の驚きなど「どこ吹く風」といったふうだった。
「これは吐き気止め。八時間毎に二錠、飲んでください。これは異常排便時に一錠。そしてこっちは痛み止め。そして・・・」
 私に背を向け、ごそごそ鞄を探っては、次々と新しい薬を手に高くかざして、「サッ!」と私を振り返るトリス。その時に手に持っている薬が全部、弾丸のように巨大なので、私は医者が「サッ!」と振り返る度に「ビクッ!」とおののいていた。
 しかし、弾丸薬の甲斐もなく、症状は変わらなかった。
 するとトリスは、翌日も往診に来た。そして性懲りもなく新しい弾丸薬を、今度は四種類も出すではないか!
 三日間で処方された薬は、全部でなんと十一種類。肝炎の検査までしたが、はっきりした原因は、結局分からなかったのである。
 憧れの地、ブエノスアイレス・・・。そこは結局トリスの医者と共に、下痢の思い出として私の心に刻まれている。
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