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名義変更の戦いの巻

CIMG1769.jpg 飼い主の戦いの最中も、このように寝ていた由紀夫。


Pink Tea Time 2008年8月号

八月七日
 私は大変心が広く、滅多に怒ることはない。
 ジョブカフェ職員の「ただ適当に、カタカナを並べてみました!」といった体の、言語明瞭・意味不明な説明にもニッコリと微笑み、県庁の「なんじゃこりゃあ」的役人英語の羅列をも、ふぉっふぉっふぉと軽く受け流したほどだ。詳細は四、六月号を参照されたい。
 その私が先日、本当に久々に激怒したので、是非皆様にご報告したいと思うのである。

八月八日
 それはM銀行での出来事であった。
 私は二年前に離婚し、その後、各種の名義変更に、しばらくの間奔走したことがある。それはそれは大変だった。
 戸籍、住民票、各種生命保険、車の保険、運転免許証、車の名義、パスポート、クレジットカード、預金通帳、証券会社の名義、印鑑、ヤフー、NHK、デパート友の会、名刺、メールアドレス、電気・ガス・水道、電話、生協等々…。これだけ聞いても悪寒と目眩がするだろうが、他にも職場に関する全ての登録名も変更しなければならなかった。
 しかし、これらはまだ序の口であった。なにより一番大変だったのは、不動産関連の名義変更であったのだ…。
 離婚後、私は現在の家に住み続けることを選択した。この家は共同名義であり、住宅ローンがあと七年残っていたので、それは今まで二人で返済していたローンを、全額一人で返すことを意味する。よってローンの名義変更と保険・税金関係、口座名義の変更など、全て私がやらねばならなかった。そしてこれら住宅ローン関係の作業が終了するのに、実に半年…、そう半年弱もかかったのである。

八月九日
 住宅ローンの件で、初めてM銀行を訪ねたのは、平成十八年十二月後半。折しもクリスマス時期であり、街も恋人達も皆、ジングルベ~ル、ジングルベ~ル、鈴が鳴るぅ~と、徒夢(あだゆめ)に浮かれていた頃であったと記憶している。もともと共同名義だったそれまでも、M銀がローン(住宅金融公庫)窓口だったので、M銀を選んだのは当然の流れであった。
 さて、個人ローン担当の男に、今後は私一人で返済する旨を告げると、
「まず、お客様にローンの返済能力があるか否かの審査があり、それを通れば名義変更ができる。だから二年分の所得証明が必要だ」
 と言われた。
 最初はムッとしたが、やむを得ない。確かに一人で返すとなると、かなりの額になるからである。そして所得証明を取りに市役所へ行ったのが十二月二十二日。他にも住民票、印鑑証明や実印、不動産関係の書類等を用意した上、M銀に言われるがまま、さらに膨大な書類も書いた。なんだか知らないがやたらと多かった。もちろん私はフルタイムで働いているので、役所や銀行へ行く時間のやりくりも、ごっつう大変だったのだ。
 が、やっとのことで何枚も書類を出しても、審査結果が出るのは遅かった。どれほどの時間を一体何に費やしていたのか、私は知らないが、「上からの返事に時間がかかる」と担当の男が言ったのは記憶している。
 そうこうするうち時は流れ、正月も過ぎた。私は審査にめでたく合格し、ようやく名義変更の手続きに突入。しかし大変不幸なことに、この作業の途中に住宅金融公庫が、「住宅金融支援機構」なるものに変わっていたのである。それが平成十九年四月一日であった…。
 そして私はM銀の担当者に、何枚かの書類を、もう一度書き直すよう求められたのである。理由はこうだった。
「公庫が支援機構に変わったため、前に書いてもらった書類が使えなくなったから」
「え…?」
 私は呆然とした。だって「そんなこと、最初から分かっていたことだろッ!」という憤りを、客である私が持つのは当然だからである。しかも「その新しい書類がまだ出来ない」とのことで、さらに暫く待たされたのだ。
 
八月十日
「今までの苦労は何だったんだ…。ちッ!」
 段取り悪さに苛立ちながらも、暫くして私は住宅支援機構用の新書類を整えた。
 とはいえ、時間がかかったのは、一方的にM銀や公庫のせいではないだろう。というのも、元夫が書くべき書類も多数あり、そのやりとりは郵送で行われたからである。
 しかしご存じの通り、元夫はドケチが背広を着ているような男であり、この手続きが終了しない限り、ローンは全額自分の通帳から引き落とされ続けるので、「早く手続きしてくれッ」との催促が数回あった。よって返送は迅速だったし、私がM銀へ行ったのも書類入手後、ほぼ即日であったと記憶している。
 結局、私名義の通帳から初めてローンが引き落とされたのは平成十九年四月中旬。その時点で、実に五ヶ月近く経過したことになる。
 その後、M銀経由で依頼した司法書士の手続きも済み、固定資産税や団体信用保険関係の作業も終了。その間も、「この書類もあった」とか「押印が必要だった」とかで、ローン担当の男が数回、私の職場を訪れたりもした。とにかく煩雑を極めた。
 そして司法書士への支払と権利証の受け取りの為、M銀に来るよう言われたのは六月上旬。「これで全部、終了です!」と言われた時、日本はもう初夏になっていたのである…。

八月十一日
 再び時は流れ、平成二十年八月。ローンは着々と返済されていた。
 ある日、ローンの一部繰上げ返済を思い立ち、私はM銀の窓口に立っていた。前もって電話で話していたので、書くべき書類は既に準備されていたが、ローン担当者は去年とは違う男になっていた。
 そして私は、用意された書類を書こうとして異変に気づいたのである。ローンの私の名義が旧姓のままだったのだ!
 私の住宅ローンは二種類から成っている。話を簡単にするため、仮にローンA/ローンBとしよう。うちローンAの残高が四十万円を切ったので、そちらを完済しようと思ったのだった。すると、どうしたことだろう。ローンBの負債者は今の私の姓なのに、ローンAの負債者は離婚前の姓のままなのだ。こりゃ、どうしたことか?
 鼻穴を広げて、新担当者に問いただすと、
「名義の変更手続きをしなかったということですね。何故だと言われましても、これは住宅金融支援機構のローンなので、我々はその取り次ぎ窓口をしているだけですから…」
 などとノン気に抜かすのである。しかし、あの時、名義変更こそが、取り次ぎ窓口の仕事じゃなかったのか? しかもローンAもBも、着々と今の名前の通帳から引き落とされているのに、Bだけが名義変更され、Aはされていないとは、どういうことなのか?
 私が激怒したので、新担当者はようやく謝ったが、「名義変更書類」というものを書いてくれと言う。そして私は二年ほど前、この書類を書いた記憶があるのである…。
 私は、呆れた。呆れ返った。
 たった私一人の名義変更に、どれだけ膨大な時間と紙が無駄に費やされたかを考えて、目眩がしたのである。悪いのはM銀行か住宅機構か、今となっては分からない。それにしても、日本中に一体どれだけの無駄と無能者が蔓延しているのだろう。
 一体この激怒は、どこにぶつけるべきかと眉間に深く皺を刻みつつ、振り返って由紀夫にバナナをあげた、真夏の夕方であった。
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