スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「字は性格を表すっていうけど、大嘘だよ」の巻

CIMG0972.jpgギョロ目五段の由紀夫。



Pink Tea Time 2000年 1月号

12月19日(日)
「ややッ! 足がツルツルしてるじゃないか。今日は何かあるわけ?」
 と、ある朝の夫。
 趣味は「妻のスネ毛観察」である夫が、毛を剃って白々とした私のスネを見て、鋭く指摘してきたのだ。
 そう、その日は私の一日人間ドック。いくらなんでも毛むくじゃらの足では、人様に失礼だろう。万一、医者が若くてイイ男だったら、悔やんでも悔やみきれないと思い、前の晩に念入りに剃っておいたのだ。
 それにしても、夫は本当に細かい。油断できない。この間はバナナを食べる順序まで指定してたよな。
 ある日突然、数本あったバナナのうちの一本を示し、
「食べるなら、これから食べてね」
 と私に言うのだ。この男、一体何を言いだすのかと見れば、そのバナナは他と比べて、やや黒ずみ、痛みが早い。
 食べ物を大事にする気持ちはわかる。しかし通常、夫がそこまで言うだろうか。

12月20日(月)
 そんなバナナなど、実はどうでもいいのである。私はその日、人間ドック以来、数カ月ぶりに再びスネ毛を剃っていた。お父様の葬式で、黒のツーピースを着るためである。
 スネ毛処理が面倒なあまり、いつもスラックスしか履かない私がスカートなんて、確か一年ぶりくらいではなかったか。毛を剃る手にも力がこもる。
「黒のタイツだし、葬式なんだから、誰も毛ズネなんか見やしないよ」
 とお母様は、念入りに剃刀をあてる私を横目におっしゃった。しかし「女の喪服」というのは、ここ一番の見せ場。しかも遺族という立場で注目を浴びる機会は、そう滅多にあるものでない。
 が、ここ一番の見せ場と張り切っていたのは、私だけではなかったのである。
 私が父の訃報を受け、悲しみの実家に帰ってみると、茶の間ではある人物が、死んだ父に成り代わり、妙に生き生きと活躍しているではないか・・・。

12月21日(火)
 三十郎氏、51才。松子様の夫にして、不幸にもヒロシの父である人物である。
 松子様とは年がら年中、夫婦喧嘩をしているが、スキーとなると一時休戦し、二人仲良く車で出かけるという、都合のいい夫婦だ。それゆえ「仮面夫婦」と言われている。
 この三十郎氏は多趣味で知られる。スキーは勿論、カメラ、山登り、銭湯巡り。スキーはなんと「一級」の腕前だというからすごい。松子様によると「腹は三段」だという。
 そしてこの三十郎氏は、冠婚葬祭の仕切り屋という特技も持っていたのである。
 やはり松子様によると、こうだ。
 誰が結婚するとか、あの家で人が死んだとかいう話を聞くと、彼は急に生き生きしはじめる。そしてその場に桃太郎侍のように、華麗に登場。舞をひとさし舞ってから、颯爽と仕切り始めるというのだ。それゆえ三十郎氏は「葬式五段」の称号を与えられていた。
 段取りが素晴らしい。
 筆ペンを耳に挟み、常に電話を離さず、寺・葬儀屋・仕出屋・町内会、そして近所のおばさんまで、全てのマネージメントを一人で仕切っては、次々メモしていく。見る見るうちに、法事のお膳や花輪の順序まで、すっかり下書きしてしまったではないか。その活躍ぶりは、まるで東京証券取引所で働くブローカーであった。
 通夜・葬式の司会も、マイクを握って離さない。法要の食膳に付ける名札まで、墨でスラスラ書き上げたのには、本当に驚いた。しかも字がめっぽう巧い。
 はっきり言って、私を含めた「大野三姉妹」の字は、大変下手である。読めりゃいいんだ読めりゃあと、高をくくっているからだろう。「元気なミミズが、のたくっているような字」と言われても、文句が言えない。
 それに比べて、三十郎氏の字の巧さ、綺麗さといったらどうであろうか。「字は性格を表すって言うけど、大嘘だよ」 と、松子様はおっしゃっていたよな。

12月22日(水)
 三十郎氏の「葬式五段」は受けるべくして受けた称号に違いなかった。私は、
「こんな人も世間にいるんだなあ、身近にいないから知らなかったけど」
 など無闇に感動し、珍しがっていたのだ。
 しかし通夜当日、私の夫がやって来てからまた仰天した。喪服姿の夫の目が、なんだかいつもと違い、妙に生き生きしているではないか。
「あ、遺族の履物はこっちの奥ね」
「香典は何十人分も預かってくる人がいるから、その時はこうして・・・」
「そうそう、それからヒロシ君、君は絶対ここを離れないで。大金があるからね」
 テキパキと指示して動き回る姿は、まるで舞を舞う桃太郎侍であった。なぜ今まで気づかなかったのだろう。実はうちの夫は「三十郎二世」だったのである。
 一体どこで、こんな技を会得したのかと夫に聞くと、
「知らなかった? 僕は『受付三段』と言われてるんだ。親戚でも会社でも、いつもやらされていたからね」
「・・・・・・」

12月23日(木)
 そして葬式の後。親族一同が住職を迎え、お膳をいただいていた時である。
 今までバクバク食べていた三十郎氏が、突然どこかへ消えたかと思うと、座敷に額縁を数十枚持ち込み、次々と並べてみせるではないか。
 それは趣味で撮っている風景写真であった。
「これは○○山の山頂。こっちは○○湖を○○方面から見たところ・・・」
 などと説明しているが、アウトドアという分野に無知な私には、トンと分からない。が、写真の出来はなかなか。しかも、少しく退屈していた人々には大好評で、写真の前で盛んに話に花を咲かせていたのだ。
 本当にすごい。わずかの隙も見逃さず、自分の写真の個展を、なんと人の葬式でまでやってのける三十郎氏・・・。
 さすが「葬式五段者」だ。最初から最後まで自分の活躍ぶりを見せてくれる彼は、まさに冠婚葬祭の主役。一体誰がここまで、準備万端、整えているであろう。
 人の得意技というものは、突然ある日に露顕し、評価される。だから常に芸や技を磨いておかなければならないのだ。
 振り返って「私は?」と考えるに、さしずめ「毛ズネ六段」ぐらいだろうか。それが露顕し、評価される日が来ないことを願う、今日この頃である。
スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。