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「ご一緒に」とは何事か? の巻

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大野家の大きな星、由紀夫。



Pink Tea Time 1999年8月号

7月29日(木)
 「パレーシアの小さな星たち」
それはベラルーシ共和国の少年少女が造るダンス集団である。チェルノブイリ原発事故で汚染されたベラルーシ。その子どもに夢や希望をとの願いから結成されたという。
 自分で言うのもなんだが、私は正義感が強い人間だ。社会的弱者に関するチャリティーやボランティア話を聞くと、ジーンと涙腺を緩めてしまう優しい心を持っている。
 話には聞いていたが、彼らの青森公演があるというので、私はママチャリでワッセと出掛けていった。
 17才以下の子供たちが伝統的な民俗衣装でロシア民謡を踊ったり、庶民の生活や市場の風景を創作舞踊にしたりというのが公演の中心。興味深かったのは、昔ザ・ピーナッツで流行った『恋のバカンス』を浴衣姿で振り付けした踊りだった。
 これは当時のソ連で大流行したそうで、解説のロシア女性は、以来日本に憧れるようになったと感慨深げに語る。

7月30日(金)
 公演も終盤、客席の子供たちも飽き始めた頃、予期せぬ見せ場が訪れた。解説のロシア女性が力強くこう言ったのである。
「次は客席の皆さんも、一緒に踊れる踊りです。お子様もお母様も、お爺ちゃん・お婆ちゃんも、ドンドン舞台に上がって踊ってくださいッ!」
 さすが目的は「国際交流」だもんなと思ううち、舞台に登場したベラルーシの女の子たち。ところがスラリと伸びた手足で、彼女たちが始めた踊りは、私がご一緒に踊れるような代物ではなかったのである。
 1でまず片足を水平に上げ、2で同じ足を頭上高く蹴り上げる。これをジャンプして何度も繰り返し、パワフルに舞台を回るのだ。こんなのお爺ちゃん・お婆ちゃんが無理にやったらどうなるのか?
 さすがに観客は怖じ気づいたようだ。誰一人舞台に上がる者はいない。
 と、例のロシア女性が再び登場した。
「さあ皆さんッ、どうしましたか。日本人はとっても勇敢だと聞いてマース。サアッ!」
 すると踊る少女たちの振り付けが変わっていた。今度は両足を前後に開き、一八〇度股間を広げてペタンと座るというヤツだった。これを「ご一緒に」とは何事か? 自慢じゃないが、私は股を30度しか開くことができない。彼らは世界中で公演旅行しているらしいが、公演後には負傷者続出という事態を招いているんじゃないか?
 それでも「サアッ! サアッ!」とロシア人が10回位言うものだから、ジーパンにTシャツのお母さんが一人、舞台に上がった。きっと出たい出たいとは思っていたが、凄い技を見せつけられて、出るに出られなかったのだろう。それが、ロシア人の執拗な誘いに満を持して登場。ついに物凄い勢いで壇上に現れたのである。その勢いにつられ、小学生も数十人ドドドーッと駆け上がった。
 するとどうだろう。このお母さんの踊りときたら、まるでコント55号の欽ちゃんが暴れているようなのである。両手両足を扇風機のように振り回し、舞台狭しとビュンビュン飛び回るお母さん・・・。
 今度はそれを見た舞台上の小学生が、一斉に怖じ気づいていた。誰一人踊る者はない。ただ呆然と、横で暴れるお母さんを眺めているだけだ。
 ・・・結局、そのお母さん独り舞台で、パレーシアの星たちの公演は終わった。暴れ終わったお母さんは、ロシアのお土産を貰って、満足げだった。
 しかし、果してこれで目的の「国際交流」は遂げられたのかの疑問は残る。しかしもうパレーシアの星は、二度と青森に来ないだろう。それだけは妙に確信した公演であった。
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