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Pink Tea Time 1998年5月号

「鼻毛の数まで知っている?」の巻

4月23日(木)
「すごいね、お前。夫の鼻毛の数まで知っているんだね」
 と松子お姉様が言うので、そりゃどういうことだと尋ねると、
「夫のことは、全てお見通し」
 という意味だと言う。
 すると、梅子お姉様が反論する。
「それを言うなら、『尻毛の数まで知っている』でしょう?」
「ウッソオー、鼻毛よぉ。 いや、待て
よ。『鼻毛を数えている』だったかなあ」
「『尻のホクロも知っている』だったような気もしますよ」
 などと、ラチが明かない論争に陥ってしまった。松子様は「鼻毛」に固執し、梅子様は「尻」関係だと言い張る。
 私は高貴な生まれなので、そんな下品な言葉を使ったことはない。仕方がないので、愛用の「新明解国語辞典」で調べてみたところ、次のように書いてあった。

 【鼻毛】鼻の中に生える毛。
  ・鼻毛を抜く=他人をだしぬく。
  ・鼻毛を読まれる=見くびられる。
  ・鼻毛をのばす=女性に甘くする。
   〔数え方〕一本 

 【尻毛】尻に生えた毛。
  ・尻毛を抜く=他人の油断しているすきに何かしでかして驚かす。→鼻毛
 
 お姉様双方とも正解ではなかったが、「当たらずとも遠からず」であった。歳の離れた姉を持つと、なんと勉強になることよ。
 それにしても、鼻毛と尻毛にこんな深い関係があったとは今まで知らなかった。「新明解国語辞典」の的確な表現、そして詳細な説明にもまた、しきりに感心したのである。
 とはいえ、どうして女に甘いと鼻毛が伸びるのか? 「尻毛を抜かれる」とは、どんな状況で抜かれるのだろうか? など、さらなる疑問は尽きない。「尻毛」の項目に〔数え方〕が載ってなかったのも、個人的に気になるところである。

4月24日(金)
 まあそれはそれとして、去年の暮れに改訂された「新明解国語辞典・第五版(三省堂)」を、私は最近購入したのである。話題になった第四版「恋愛」の項目が変わったというので、ずうっと気になっていたのだ。
 「新明解」は、国語辞典の常識を破った名著である。読む人誰もが、
「ここまで書くか? 辞典が」
 という疑問を抱いてしまうほど、細かすぎる突っ込みをモットーとしているのだ。
 ちなみに第四版の「恋愛」を引用しよう。

 【恋愛】=特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。

 何回読んでも素晴らしい。万人が満足する名解釈と言える。
 そして人は「合体とは何か?」という次の疑問を抱いてページを繰る。するとその「合体」の説明に、またまたビックリしてしまうという連鎖反応を、一体何人の日本人が繰り返したことであろうか。

 【合体】=?起源・由来の違うものが新しい理念の下に一体となって何かを運営すること。?「性交」の、この辞書でのえんきょく表現。

 ところがこれは、編集者によると、「肉体に重点を置きすぎた説明」だった。その点を反省し、「第五版では、恋愛の精神面を重視した」と言うのである。
 何ということだろうか。その「肉体」や「合体」がいいのだ。そこが「新明解」の真骨頂なんだぁ! などと、憂国的気分に浸りつつ、私は改訂の話を聞いて、しばらく嘆き悲しんだものである。
 ところが改訂版を読んでみたところ、なんだか前以上に変なことになっているのに気づき、またまた私は仰天してしまった。

 第五版【恋愛】=特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、出来るなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。(傍線筆者)

 ・・・・・・・・・・。
 これじゃあ、傍線部で精神っぽい単語をくっつけただけだ。しかも「合体」が「肉体的な一体感」という「えんきょく表現」に・・・。これが真面目に「反省」した結果なのか、一体どんな「反省会」だったのかと、疑問を持つのは私だけではなかろう。
さらに、第四版では5行しかなかった「恋愛」が、第五版では6行に増えているのも、どうしたことか?
 ちなみに第二版(昭和47年初版)の「恋愛」は、たった3行だった。「反省」を重ねるごとに、ますます何かがエスカレートし、ドツボにハマッているという、印象すらする。

 第二版【恋愛】=一組の男女が相互に相手にひかれ、ほかの異性をさしおいて最高の存在としてとらえ、毎日会わないではいられなくなること。

 一体、「新明解」とは何者なのか? どこまでが本気なのか? などと考えると、夜も寝られなくなるのは私だけなのだろうか。

4月25日(土)
 「新明解」のもう一つのウリは、実感あふれる用例である。そして私は「しゃれ」の用例も、今回改訂されていることを見逃さなかった。

 第四版【しゃれ】=〔その場の思いつきとして〕類音の語に引っかけて、ちょっとした冗談を言う言語遊戯。例、富田という男が何か失敗して、みんなが気まずい思いとしている時に「とんだ事になったな」などと言って、しらけた空気を紛らすなど。
  
 第五版【しゃれ】=(説明は省略)
  例、潮干狩りに行ったが、たいして収穫がなく、「行った甲斐(カイ)〔=貝〕がなかったよ」と言うなど。

 この改訂では、反省を認めていいと思う。第四版の寒いギャグでは、「しらけた空気」が紛れるどころか、ますます「気まずい」空気になること確実だからだ。
 摩訶不思議な辞典「新明解」・・・。一家に一冊と言わず、一人一冊携帯してほしい、価値ある一冊である。
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