スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「お父様、いよいよ退院よ」の巻。

5月3日
日溜りを選んで寝る由紀夫。



Pink Tea Time 1999年3月号

2月17日(水)
 例のごとく、お父様のお見舞いに行った時のことである。隣のベットの老人に、看護士さんがアンケートを実施していた。
 質問内容は一部不正確かもしれないが、こんなやり取りであった。
「はいッ! じゃあ次の質問に、ハイかイイエで答えてください。では、いきますよッ!」
「ハイ」
「以前、よく道に迷ったことがある」
「イイエ」
「時々、見知らぬ人が自分のお見舞いに来る」
「イイエ」
「同じ姿勢のままで、しばらく固まってしまうことがある」
「イイエ」
「あなたは素直な人間だ」
「ハイ」
 ・・・・・・・・・・
 ご存じの通り、ここは精神科だ。「暴れん坊隊長」のお父様にも、このアンケートをやったとすれば、一体どんな答え方をしているのか、不安になってしまった。もしかして、こんな具合か?
「あなたは、隊長である」
「ハイ」
「院長先生は、事務長も兼ねている」
「ハイ」
「看護婦は、時々ヤクザになる」
「もちろん、ハイ」
「あなたは素直な人間だ」
「ハイ」
 などと無礼を言っているんじゃないかと思うと、実に心配ではないか(先月号参照)。

2月20日(土)
 まあそれはそれとして、ある日大野家に、ビッグなニュースが飛び込んできた。なんとお父様が、ついに退院することになったというのである。
「ゲゲゲッ!」
 家族一同、一斉に地響きのような呻き声を洩らした。
 死の淵からムクムクと蘇り、日に日に元気百倍になってゆくお父様の話は、それはそれでおめでたい。しかし、すっかりボケちゃった老人が家に帰ったら、一体どういうことになるのかと思うと、一同脱力するのは当然と言えよう。
 梅子様「もう少し、入院できないわけ?」 
 お母様「もう、ママさんコーラスに行けなくなるかねぇ」
 私  「老人ホームは、入所待ち4、5年だっていうから、取り合えず申し込んでおいたほうがいいんじゃない?」
 松子様「そうそう。それまで生きてないかも知れないけどね」 
 などと、家族一同勝手なことを言い合っていた。が、それも無理はない。最近は、市長でさえ妻の介護で市長を辞める時代である。老人介護は本当に重大問題なのだ。

2月22日(月)
 一方、お父様の反応は予想外であった。
「いよいよ退院よ。うれしいでしょ」
 と言うと、カップに顔を埋めてカボチャ・プリンを食らっていたお父様が、スプーンの手を止め、困惑した顔で言うのである。
「うーん、そうだってな。困ったよなぁ」
 そして再びお父様は、カボチャ・プリンをガツガツ貪り始めるのだ。実に意外だった。 だって、ちょっと前までは、逃げ帰ろうとする私のバッグにしがみつき、
「妹子ッ! お前っていうヤツは・・・。おじいちゃんも帰るのじゃ!」
 と騒いでは看護婦さんに取り押さえられ、他の入院患者をつかまえては、
「おじいちゃんを家に返してくれたら、30万円プレゼント」
 などと、手当たり次第に口説いていたのだ。この変貌ぶりは一体どうしたことか。
 で、どうして困るんだと聞くと、
「おじいちゃんが帰れば、おばあちゃんが苦労するじゃろ」
私はこの答に一粒の涙を流したのである。ボケてしまったはずなのに、結構まともじゃないか。それにお母様のことを、それほど思いやっているとは・・・。
 後ろを向いてこっそり涙を拭いていると、なんだかお父様が、
「一本よこせッ! もう一本!」
 と叫んでいるのであった。
 「一本」と言えば、以前のお父様なら「日本酒一本」を意味した。しかし、今のお父様にとっての「一本」は「バナナもう一本」ということなのである。
 たった今、カボチャ・プリンを貪り食い、その前にバナナと特大ドラ焼きを食べたのに、さらにまたバナナを追加注文するとは、恐るべき食欲。一日5回もおやつを食べるので、いつも看護婦さんに叱られているらしい。「御飯が食べられなくなるからダメ」
 と諭すと、
「おやつは別の胃袋に入るのじゃ」
 など牛のようなことを言う。ひょっとして、私が毎日おやつを持ってやって来るので、すっかり入院が気に入っちゃったのか?
「退院しても、毎朝ここに来て寝ていたいのう。そういうわけにもいかんじゃろなぁ」
 と言いながら、エクアドル産完熟バナナの二本目の皮をむくお父様。
 せめて美味しいバナナを食べさせたいという孝行心から、私は安いバナナでなく、いつも高い「完熟バナナ」を買ってきていた。それを知らないお母様が、ある日、百グラム15円のバナナを買っていくと、
「まずい」
 と言っていたという。
 本当に、ふざけたじじいだ。
「あと二、三カ月は入院してもいいのじゃ」 と言うお父様の本心は何処にあるのか? 天然ボケの威力を実感する今日この頃だ。

2月23日(火)
 退院にあたって一番心配なのは、また酒を飲み始めるんじゃないかということである。前は昼夜逆転生活の上に酒を飲んでいたので、家族は本当に大変だった。
「退院しても、お酒はダメよ」
 と言うと、
「大丈夫じゃ。もう絶対に飲まない。寝る前に一杯飲むだけじゃよ」
 と、すまして言う。それがダメなんだっつーの。
 お父様が今後「酒じゃ」と言っても、家族は「“サケ”ってなーに?」と答えるということで話はまとまっている。
「それって、着るもの?」「それとも頭に被るもの?」というふうに、酒がない国に行ったと思えばいいわけだ。
 心配なのは、酒屋の前を通った時である。「アッ、あれじゃ、あれが酒じゃッ!」
 と言われたら、
「えッ? どこに? 何があるって?」
 という相当な演技力が要求されるだろう。一難去ってまた一難というカンジの大野家の人々であった。
スポンサーサイト

COMMENTS

COMMENT FORM

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。