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ユニバースのお兄さん。

横顔
今年は、由紀夫で明け、由紀夫で暮れた年でした。



今年最後の買物をしに、スーパー・ユニバースへ。
大晦日の今日は八時閉店なので、
七時過ぎ頃に行きました。

お正月飾りの「小松」や「うらじろ」が30円。
「ダイダイ」も三個で298円が98円で投げ売り状態。
でも、ダイダイって飾るだけなの?
いつもミカンを使うけど、
と思いつつ、大根の前で立ち働いていた、
黄緑のキャップを被った店員のお兄さんに聞きました。

「ダイダイって食べられるんですか?」

すると、そのお兄さんは、手に持っていた大根をいきなり放り出して
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」
と、慌てて奧に引っ込みました。
そして奧からもう一人の
「慌てたお兄さん、その2」を連れて、
二人で小走りにこちらへやってくるんですよね。

すると、「お兄さん、その2」は、
若くて可愛いらしいのに「その1」の上司らしく、
やはり慌てながら、前屈みで私に言うんです。

「す、すみません。私もよく分からないんですッ」

私は、「あ、そうですか。別にいいですよ」
とその場を離れ、白菜を見に行きました。

すると、間もなくさっきの「お兄さん、その2」が、
片方のほっぺたを押さえながら、
白菜の前の私の方に小走りでやって来て、
こう言うではありませんか。

「あ、あの、今ダイダイを食べてみたんですけど、
かなり酸っぱいですッ。はいッ」

・・・相当酸っぱかったんでしょう。
可愛い顔が歪んでましたから。
凄いですねぇ、このお兄さん。
体を張って生鮮食品を売ってますね。
さすがユニバース。
年末に、いいもの見せていただきました。

今年もお世話になりました。
皆さん、よいお年を。

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拝啓 愛しの野茂英雄様の巻

カメラ目線
確かに、オヤジ顔になっている由紀夫。


Pink Tea Time 2001年 10月号

拝啓 愛しの野茂英雄様の巻

8月1日
「ねぇ、この“もっこり”って、何?」
 不意に夫が質問するのである。
「へ? もっこり?」
 私は聞き返した。
 場所はボストンの日本食レストラン。我々は、かのフェンウェイ・パークで、偉大なるメジャーリーガー野茂英雄の雄姿を見にやってきたのであった。
「何よ、その“もっこり”って」
 見ると夫は、割り箸の袋の模様をじっと見ている。つられて私もジット見た。そこには、この日本レストランのトレードマークが黒々と印刷され、下には平仮名でくっきり「もっこう紋」と書かれている。
「これ、日本の家紋じゃないのッ! 木瓜(もっこう)紋ってあなた知らないのッ!」
 いつもなら「菩薩の妹子」と呼ばれるほど穏やかな性格の私だが、これにはついつい攻撃口調になるのを止めることが出来なかった。
 夫は先日も熊川哲也の『ジゼル』のことを、
「あのさぁ。パソコンで検索してもなかったよ、クマテツの『ジバル』」
 と言っていたよな…。
 しかし、夫、悪びれるふうもなく、
「家紋かぁ。僕、うちの家紋なんて全然知らないなぁ。だって、家紋がついた物なんかないし、印籠もないし」
 不思議な男である。ユニバースやベニーマートの陳列棚の配置は完全に把握しているのに、なぜ自分の家紋を知らないのか?
 そんな私の心中も知らず、夫は続ける。
夫「でも、印籠って一体、中身はなんなわけ?」
 私「ハンコじゃない?」
 夫「そうかなぁ。僕は毒薬だと思うなぁ」
私「でも印籠だからねぇ」
夫「じゃあ水戸黄門がアメリカで放映されたら、助さん角さんは印籠を持って何て言うわけ? “ダウンダウン! ジス イズ ア・スタンプケース!”って言うの? 変じゃない?」
私「・・・・・・」
 後で調べたら、やはり印籠は印鑑入れだったとわかった。後、装身具となり、応急薬などを入れるようになったという。
 後で寄ったNYで、アメリカ在住十数年のミッちゃんに聞いてみた。アメリカでは助さんは何と叫ぶのかという問題に関してである。ミッちゃんも、それは興味深い問題だが、水戸黄門をテレビで見たことがないので、質問には答えられないということであった。

8月2日
 私は、絶対フェンウェイ・パークで、野茂に『桃色茶時間』を渡そうと決心していた。
 ご存知の通り、私は野茂を他人とは思えないほど愛しちゃってる人間である。野茂目当てにメジャーリーグに行ったのは、これが三度目なのだった。
 ファンレターも書いた。内容はこうである。
「拝啓  野茂英雄様。夫と私はあなたが近鉄時代からのファンです。当時からトルネード投法は注目の的でしたね。あなたがピンクレディの振付師、ラッキー池田とテレビに出ていたのをよく覚えています。
“背中を向けたら、バット振っちゃう~ッ、う~ッ”
という奇妙な踊りを、二人で元気に踊っていましたよね」
 と熱烈な調子で、手紙はまとめておいた。
「これにサインしてね」と書き、カードと返信封筒も添えた。試合以外は全てに仏頂ヅラかつ不精そうな野茂が、そのまま投函すればいいように、青森の住所・宛名を書き、切手も貼ったものである。完璧な計画だった。
 ところがその切手一枚買うのに、膨大な時間と労力を費やすとは思わなかったのである。

8月3日
 まずホテルのコンセルジュに聞いた。ホテルにポストもあったから、きっとフロントで切手も買えるとふんだのである。するとコンセルジュは「ホテル内の雑貨屋で売っている」と言う。
 私はホテルの一角にある雑貨屋に直行した。朝8時であった。店は閉まっている。開店まであと三十分あると、通りかかったホテル従業員が教えてくれた。
 三十分後また店に行った。一緒に出かける予定の夫には、すぐ来るからと言い残した。   
 すると、既に客が数人列をなしており、レジの女は殺人的にレジがトロい女であった。
 「ったく、スーパー・ユニバースのお姉さんなら、一分で五十人はさばくぜッ! 青森に研修に来いッ!」
 と、内心舌打ちしながら待つこと7分。やっと私の番が。
 控えめに「八〇セント切手一枚」と言うと、そのレジ女はこう言ったのである。
「入口横に切手自販機がありまーす。そこから買って下さーい」
 それならそうと言ってくれッ。ったく私は夫を待たせてるんだッ! と、その切手自販機にダッシュで飛びつき財布を開けた私・・・あ、小銭がない。その赤いポストのような自販機はどう見ても製造後百年は経つ旧式で、ひょっとしてアメリカ独立戦争からここにあるのではと疑われるような代物なのだ。つまり、きっかりの小銭しか受け付けない。
 なんでこんな時に小銭がぁッ! 日本じゃ五千円札でも使えるのにィ! と、Uターンしてさっきの女に両替を頼む私! 再びトビウオターンで自販機に突撃し、小銭をチャリーン!
 するとどうだろう。押しても引いても切手は出てこないのだ。
 一体どうなってんだッ! と鼻穴を広げてトロ・レジ女に聞くと、
「あらぁ、切手売り切れでーす。外の郵便局で買って下さーい。すぐ近くでーす」
と、許せないことを言うではないか!

8月4日
 しかしウルトラ方向音痴の私が、その郵便局を一発で発見するなど、奇跡に近いのであった。だって、
 私「ねぇ。昨日のコンビニさぁ、玄関出て左に曲がって、また左だったよね」
 夫「そうそう。帰りは右に出て、また右に曲がるんだよ」
 私「わかってるわよッ!」
 こんな風にして我々の旅はいつも繰り広げられているからである。仕方なく、切手は後で買うことにした。これから夫とMIT(マサチューセッツ工科大学)見物に行く途中、買えるだろうと思ったのである。
 ・・・しかしどこにも切手は無かった。
 MITの売店でも聞いた。するとそこで私は信じ難い事実に遭遇するのである。
 店員は言った。
「入口横にある切手自販機で売っています」
 ギョッとして入口を振り返ると、ここにもあの独立戦争時代の赤い自販機が立っているではないか。恐る恐る今朝の小銭を入れると、やっぱり切手は、押しても引いても出てこないのである。
「売り切れですね」
 店員は答えた・・・。そして思った。
 アメリカ中にこの自販機が何台あるのか知らないが、きっと全ての機械が、独立戦争から売り切れだったのだろうと・・・。
 やっとMIT地下の郵便局で、八十セント切手一枚を買った時、私は嬉し涙に咽んだ。
 野茂よ! 日本に帰って来い! アメリカは切手もろくに買えない不自由な国だ。「自由の国」ってのは大嘘だったね・・・。そう思って泣いたのである。
 帰国して郵便受けを見ると、なんと野茂からのサインはきちんと届いていた。その時の感動と、球場での『桃茶』の行方は、また次回ということで、ひとつ。


薬の副作用。

この二、三日、また由紀夫が猛烈に痒がるので
私に処方されたお薬を、割って飲ませてみようかと。
だって、私もアレルギー。
痒みを押さえるため、とりあえず抗ヒスタミン剤を処方されたので。

すると、副作用の説明に

「不眠、眠気、頭が重い、食欲亢進・・・、
体重の増加、顔が丸くなる、むくみ、毛深くなる」

とありました。

う~む。

眠る妖怪の巻

オヤジ
「久しぶりに見たら、すっかりオヤジになったね」と松子様に言われました。


Pink Tea Time 2001年 9月号

眠る妖怪の巻

八月五日
 就寝前の必需品。それは私の場合、セロテープである。
「テープをシワに貼って寝ると、シワが伸びるんだよ。女優がテレビで言ってたんだけど、お前もやってごらん」
 と、松子お姉様に指南されて以来、手放せなくなっているのだ。
 実は最近、夫に「めっきり老けた」と言われ、大変にショックを受けた。顔のお肌がたるんできていると言うのである。
 心当たりはある。
 私には左半身を下にして寝る癖があるのだ。すると左の頬をベッチャリと強くマクラに押しつけたまま、数時間もゴーンゴーンと熟睡するので、朝、左の鼻下から口の端にかけて、シワが大層深くついていることがよくあるのである。
 このシワが、起きて数時間経っても、なかなか取れなくなってきた。いやむしろ、日々深くなっている気がする。
 公称「二十四才」の私であるが、そう言い続けて数年経っている。私は焦っていた。
 そんな時、松子様の話を聞き、目から鱗の感動を受けたのであった。
「うーむ、セロテープか…。安いじゃん」
 その夜から私は、テープを三本、顔に貼って寝るようになった。両方の鼻の下の縦ジワと、左の目尻の合計三カ所。
 なるほど、なかなか効果はあるようで、朝テープを剥がした後は、問題の縦ジワがほどんと伸びきっている。まるで十代に戻ったような爽やかな朝だ。
 数時間すると、これがまた中年顔に戻るのだが、根気よく続ければ、きっとシワが薄くなってゆくのに違いないという希望が持てるのであった。

八月六日
 とはいえ、テープを貼った寝顔が相当に不気味なのは確かであった。目尻も引きつっているので、暗がりで見ると「眠る妖怪」のようである。
 夫は私の毛ズネまでは容認しているが、さすがに妖怪顔までは見せられないと思い、テープのことは黙っていた。
 寝るのは夫より後になるように時間調整した。しかも部屋を暗くしてから。そしてさらに用心し、夫には常に背を向けて寝るという念の入れようであった。
 しかし私が、寝た時のままの寝姿を朝まで持続することなど不可能であった。私は異常に寝相が悪いのである。
「毎日寝袋で寝て、寝相の矯正したら?」
 と夫にはよく言われている。しかも夫は運悪く、私より早起き男ときていた。
 明け方、私のイビキで目覚める習慣の夫にこのことを隠し通せるはずもなく、いつからかバレていたらしい。それなのに思ったほど夫が驚かなかったことが、逆に私の大きな驚きであった。
 ひょっとして、言葉も無いほど呆れられたのか。それとも既に私には興味がないのか?

八月七日
 その話を松子様にしてみた。つまり「妖怪顔」を毎夜見せるのは、あまりに申し訳ないのではないか? そこのところ、お宅はどうなっているのか? と聞いてみたのである。するとさすが松子様。
「夫がどう思おうと関係ないのよ」
 堂々たる発言であった。
 それに私はテープ三本で済んでいるが、松子様はもっと凄く、顔面ほぼテープだらけでお休みになっているという。
「だから夫より、ピョンピョンに会わせる顔がなくってねぇ」
 ピョンピョンとはペットの兔の名前であった。数ヶ月前松子様が買ってきたもので、今は息子ヒロシよりも、数倍可愛がっている存在と言っていい。
 家に帰ればまず、「ピョンピョン!」と叫び、松子様もピョンピョン跳ねながら、兔の檻に駆け寄ってピョンピョンにご挨拶。餌の栄養バランスにも気を使う。ペットフードだけではなく、人参・キャベツ・りんごなど、日替わりメニューは夫のおかずよりバラエティー豊か。しかも美味しそうな野草があると、通勤途中に車を止めて採集するという力の入れようだ。
 寝る前もピョンピョンにお休みを言うのが日課である。だから顔面テープだらけの顔で、「お休み、ピョンピョン!」と突然振り返ったら、ピョンピョンが後ろ向きに卒倒するのではないかと、大層心配したのだそうだ。
「でもね、何ともなかったのよ。臭いで私と分かるらしいねぇ」
 と嬉しそうに語る松子様であった。

八月八日
 そしてピョンピョンに対する愛情は、止まるところを知らないようであった。
「ああ、大きな犬が欲しいわぁ」
 と漏らす私に、松子様はおっしゃる。
「犬は散歩が大変だよ。それよりピョンピョンみたいな兔にしなさい。散歩は要らないし、鼻がヒクヒクして可愛いよぉ。ふふふ」
 すっかりご執心の松子様。
「でも、オムツ交換が大変なわけ」
「えッ! オムツ?」
 なんでも松子様は、檻の中だけではかわいそうだと、ピョンピョンを居間に放したりするという。すると方々にボロボロとウンコやオシッコをする。これは大変困る。
 散々考えた末、松子様は赤ちゃん用の紙オムツをカットし、装着したというのである。
「それがね、ピョンピョンは気が荒くて。最初は気づかなかったんだけど、大きくなってからよく見たら、タラコ状のモノが二つ、下腹の毛の奧にあるのよ。オスだったわけ」
 タラコは最初からタラコではなく、ピンクの豆粒のようだったので気づかなかったと、松子様は回想する。
「で、気が荒いから、オムツを付けようとすると必死で抵抗する。私は装着しようと押さえつける…。双方、汗ダクダクなわけ」
 数分後、それでもなんとかオムツ装着に成功すると、汗ダクで疲れ切ったピョンピョンはオムツの股を広げ、兔なのにぐったりと仰向けになったという。
「で、うまくいったと喜んで裏を見たら、ピョンピョンには尻尾があったのよ。紙オムツがフィットしないわけ」
「うーん、尻尾があったとは…」
 それでも松子様は諦めなかった。
 翌日は古ストッキングのお尻部分を加工し、尻尾の穴もきちんと開けて、兔用オムツカバーを作成。その中に紙オムツを切って当て、装着を試みたという。
「でもピョンピョンはやっぱり男でしょ。気が荒いから暴れて、また双方、汗ダクダク…。私はあのタラコが原因だと思うわけ」
 相当に、二つのタラコを恨んでいる松子様であった。
 それでもストッキングのオムツは大成功。数分間の格闘に再び負けたピョンピョンは、オムツ姿でぐったりと仰向けにはなったが、その後気を取り直したか、むっくりと起きあがり、居間を散策していたそうだ。
 さて最近、鶴子(松子様の娘)がM市から帰省した。そして鶴子は「ハムハム」という名のハムスターを連れてきたという。
 ピョンピョンにハムハム…。
 この、果てしなき安易さ。親子とはここまで似るものであろうか。生命の神秘に深く思いを致す今日この頃である。


年末年始の大サービス。

お正月休みは『桃色茶時間』を読み尽くせ!

ということで、
過去の「Pink Tea Time」の、
年末年始連日アップに向けて
今、頑張っています。
出来るかなぁ。

先に毛ズネからの巻

見つかりました
「おっと、見つかりましたか…」 懐中電灯に驚く由紀夫。



Pink Tea Time 2001年 8月号

先に毛ズネからの巻

七月八日
『花様年華』を見に行った。愛しのトニー・レオン主演の不倫映画である。
 監督はまたしても『ブエノスアイレス』のウォン・カーウァイ。この監督、トニーの白いぴちぴちブリーフ姿に、ゾッコン惚れこんでいるんだねぇということは、想像に難くないのであった(Pink Tea Time1998年9月号参照)。
 ポスターがまた、いいのである。
 燃えるような紅色を背景に、半身を起こして横たわる、赤いチャイナドレスの女。すらりと伸びた足に、黒のハイヒールを履いている。トニーの不倫相手役だ。
 スネ毛の処理が大変だろうなという感想が、まず頭に浮かんだのは、私のいつもの習性であった。
 そして女のくるぶしに片手を置き、両太モモの上に顔をうずめるトニー・レオン・・・。
 よだれが出そうである。
 格好からすれば、
「ママぁ。ボク、おねむなの」
 とでも呟いていそうな形であるが、トニーのバリッとしたスーツ、そしてテカテカのポマードヘアが、アジア男の礼儀正しい色気を発散している。完璧なポスターであった。

七月九日
 私はその日、「ポスターのヒロインは私よ!」という意気込みで劇場に向かった。スネ毛はモサモサなので、チャイナドレスは決して着られないのに、もう完全に感情移入できるから不思議である。
 そういえば先日、職場の避難訓練で、大変な失敗をしたばかりだよな。救助袋「オリロー」の体験係に指名され、三階から滑り降りることになったのである。
 まず最初に、業者の諸注意があった。
 オリロー初心者の場合、ズルズルと滑るうちにシャツがめくれてしまい、ブラジャー丸見えだが頭はシャツで隠れているという状態で降りてくる人がいるという。そんなことになったら大変だ。
 そこで私は、シャツの裾をズボンの腹にしっかり押し込んで出発した。準備は万端だった。
 ところが、予想外のことが起こった。
 シャツはめくれなかったが、ズボンが裾から膝までズルリズルリとめくれ上がり、私は、毛ズネ丸見え状態で、救助袋の下から「ニュッ!」と出現してしまったのだ。勿論、先に毛ズネから。
 しかも、体験者のサポート役ということで、救助袋の出口で待っていたのは、M君ではないか。M君は職場でも評判の若くていい男。色は浅黒く、空手は四段である。
 悔やんでも悔やみきれない事件であった。M君は私の秘密を、予期せず目撃してしまったに違いない。

七月十日
 そんなホロ苦い思い出が、チラッと頭をかすめたが、私は気を取り直して、『花様年華』の世界に突入していた。それほど人もいなかったので、しっぽりと自分の世界に浸れる、人から少し離れた席を選んだのである。
私 「うふふふふ・・・」
 すると、開演から約二十分後。
 野球帽に作業ズボン姿の一人のオヤジが、どかどかと、私から程近い席に座るではないか。
 どうしたことであろうか。始めは何か急な改修工事でも入ったのか? と思ったのである。しかし違った。オヤジはなぜかそのまま『花様年華』を見ている。
 どうしたことであろうか。一体、なじょして判忠太(ばんちゅうた)のようなオヤジが、こんなロマンチックで静寂な映画を見に来るのか。高倉健の『ホタル』は東映ですよ、と言ってやろうかとも思った。
 しかし、オヤジは『花様年華』を見ている。
 そのうち次第に私は我慢ならなくなった。というのもそのオヤジ、大層息が荒いのである。
 蓄膿症であろうか。それとも鼻くそが詰まっているのか、息をする度に「ガーガー」言っている。おかげで私は、トニー様との世界に没頭できなくなってしまったのだ。
 それだけではなかった。荒い息が、ますます荒さを増していったかと思うと、ある時点から「ンゴーッ!」「ゴゴゴーン!」という嵐のようなイビキに変化していたのだ。
 許せなかった…。
 私は「オヤジのイビキ鑑賞会」のために千七百円も払ったのでは断固としてない。天に代わって誅戮(ちゅうりく)してやりたいッと、私はその時、猛烈に思ったのである。
 そういえば二週間前、お母様とホテルに泊まった時も酷い目にあったばかりである。
 実は私も人呼んで「夜明けのゴジラ」。可愛く楚々とした外見にも似合わず、ちょっとイビキをかく習性があることを、既に知らない人はいない。またそれが遺伝であることも、周知の事実である。
 お母様は隣のベッドで、一時間はたっぷり重低音アナログ・サラウンド型のイビキをおかきになっていたが、次の朝私が指摘すると、ケロリとしておっしゃるのである。
「えッ、私がイビキ? そりゃおかしいねぇ。昨夜は、かかないつもりだったんだよ」
 うーむ…。お母様はもしかして、「イビキ自由自在法」などという幻の秘技を修行中なのか?
 バケモノと言われるお母様であるから、あり得ない話ではない。完成したら、是非私にも伝授願いたいと切に願ったのである。
 

DVDプレイヤーとテレビ買いました。

甲
数年来の念願を果たしました。
ついに、人生初のDVDプレイヤーを購入。
ついでに26型テレビ(勿論、地デジ対応)を購入。
今、四苦八苦しながら操作法を解明中です。



乙
でも、遅々として進まず。
どうしてこの「取り説」という書物は、意味不明なのかっ。

おや、そういえば、由紀夫はどこへ?



丙
さっきから、不気味に大人しいと思っていたら。



丁
孤独を楽しんでいたんだね、由紀夫。


神頼みの女、歌に恋する男の巻

サンタ
一年前の由紀夫。ようちえんからの「連絡帳」より。
動物愛護センターのクリスマスドッグダンス(去年)に出たそうです。



Pink Tea Time 2008年12月号

神頼みの女、歌に恋する男の巻

十二月九日
 その時私は、ハッカ味の練り歯磨きを歯ブラシにちょっぴり絞り出し、歯磨きをしながらテレビを見ていた。もう朝ご飯を食べてしまった由紀夫は、名残惜しそうにぺろぺろと、皿の周りの床まで舐めている。
 出勤前のNHKニュース。
 清澄な朝の空気に満ちた、厳かな神社の境内から、男性リポーターが爽やかに言った。
「え~、クリスマスも近づき、こちらの神社では参拝客が連日、長蛇の列を作っています」
私「…?」
 神前結婚を創始したこの都内の神社は、最近「縁結びの神様」として、結婚適齢期を迎えたアラサーに大人気だという。
「アラサー」とは「アラウンドサーティ」の略。三十才前後の女性を指す言葉で、ルーズソックス、茶髪、プリクラといった流行を次々と作り上げたゴギャル世代だそうだ。
 この神社に大挙して押し寄せ、神前に次々と項(うなじ)を垂れるアラサーどもの目的はこうだ。
「クリスマスはぁ~、絶対ぃ~、カレシと過ごしたくてぇ~」
 彼女達は参拝した後、一様に恋愛おみくじを引き、縁結びのお守りを購入する。
 全く、驚天動地の事態である。
 何という安易さ、そして思想の無秩序であろう。クリスマスというキリスト教の祭典を祝う為に、神社に参拝とは!
 これが例えばイスラム諸国であれば、宗教戦争の一つや二つ起こっているのではないか。いや、三島由紀夫がまだ生きていたら、もう一度くらいは切腹するに違いない。
 それにそもそも、ろくに自助努力もせず「神頼み」とはどういうことなのか。長蛇の列に並ぶ暇があったら、他にもっとやることがあるだろうっ! こんな体たらくだから日本の少子高齢化はぁっ…!
 などという種々の思いが頭の中を駆けめぐり、私は歯ブラシを握る手を止めて、ワナワナと激しい憂国の念に苛まれていた。
 私の激怒をよそに、テレビカメラはアラサー達に大人気のお札やお守りを、次々と映し出していた。
私「流行と聞けば、主体性もプライドもなく、飛びつくとは情けなや…。日本は一体どうなっていくのか…」
 脱力しながら歯ブラシを、再びゆっくり動かしつつそう思った。そして映像を目で追っていたが、次の瞬間、ある映像に目が釘付けになったのである。
私「い…?」
 このピンクのお守り、どこかで見たことがある。
 あ、これは、私も持っているお守りではないか? まてよ…。ここは一体、どこなのか?
 気を取り直して、私は食い入るようにニュースを見た。
 東京大神宮。
 ここは今年の黄金週間に上京したとき、河原崎理佳さん、大正なでし子女史(アラサー世代・独身)と共に、三人で参拝してきたばかりである。確かにこの社殿には見覚えがある。

【今年五月某日の会話】
理佳 「妹子さん、東京大神宮が今、都内で大人気らしいですよ。縁結びの御利益がすごいんだそうです」
私 「え、それ、いいじゃん」
なでし子 「わあ~、行くしかないんじゃないですか!」
私 「よ~し! レッツ・ゴー!」
 三人は電車を乗継ぎ、長蛇の列に並んだ。その後、恋愛おみくじを引き、私は大吉(だったと思う)。おみくじは所定の場所に結びつけ、私はピンクのお守りを購入した…。

「ううう~む。東京大神宮だったのか…。あ! 遅刻、遅刻!」
 私はそそくさとうがいをし、顔を洗った。身支度を整え、焦って車に飛び乗ったのである。

一二月十二日
 ところで最近、「コブクロ」という歌手が爆発的に流行っている。大きい男と小さい男の二人組である。男の二人組というと、『あづさ二号』の狩人を思い出すが、狩人には一曲しかヒット曲がないのに比べ、コブクロは次々と連打でヒットを飛ばしている所が、まず決定的に違う点だろう。
 まあ、それはそれとして。
 カラオケに行くと、若い男達がこのコブクロを歌うことが多い。しかも、切々と歌うことが多い。なぜ「切々」かというと、全てが恋の歌だからである。
 最近は、コブクロの『赤い糸』という歌が流行っているらしく、これを先日も若い男が大変に切々と歌いあげたので、隣で聞いていた私は思わず、マイクで、
「考えが、甘いんだよッ!」
 と、合いの手を入れてしまったことがある。本当に無意識にそう叫んでしまうほど、コブクロの歌は甘い。大甘なのである。「赤い糸」など、この世の中の一体どこにあるというのか。あったら私の目の前に出して見せてみろッ! というのが正直な感想である。 
 まあ、それは経験浅い若者であるから仕方がないとして、私が思うのは彼らの実態である。実際に、『赤い糸』を情感たっぷりに歌う若い人々は、恋愛をしたことがあるのかということである。
 コブクロを歌った若い男性の一人、K君(二十代半ば)は、先日、若くて可愛い女の子と同席する機会があり、大層気に入った様子であった。しかし、
「誘ってみればいいじゃない、デートに」
 と応援する私達おばはんに、こう答えたのである。
「やめときます。だって、断わられたら傷つくじゃないですか」
 そしてK君は最近、
「もうすぐクリスマスですね。たった一人です。寂しいです」
 と、連日語っている。それは当然の報いというものである。
 コブクロを歌う若者は、思い切って恋愛に踏み出すことなく、歌うことで「恋愛をしたつもり」になっているのではないのか。そして「恋愛とは、コブクロの歌詞に描かれているような世界なんだ」と思っているのかもしれない。ばかじゃないのか。
 いや、そんな他人のことをどうこう言っている暇は、私にはないのである。
 紙袋に入ったままになっていた東京大神宮のお守り(ピンク)を今、思い出して取り出し、ヒシと握りしめた私であった。

テレビ、差上げます。

TV.jpg

このアナログテレビ、誰か貰ってくれないかしらん。

2002年 アイワ製
液晶 235万画素
本体 縦32? 横42?
不具合無し。

サイズはコンパクトで軽く、持ち運び楽々です。
勿論、無料。

Xmasに一番混んでいる場所。

見ているのは
やはり、アレルギーで悩む由紀夫。なぜ、飼い主も?



行って来ましたよ、協立病院。
受付から会計が終わるまで三時間弱かかりました。
いや~、凄い混み具合。
「今日は、一番混んでいる」と、会計の人が言ってました。
中高年者のお祭りですね。
ここで出店をやったら、儲かるのではないかしら。
あるいは、
「ボケを防ぐ脳トレコーナー:一回10円!」
とか・・・。一回10円でも、
二時間待つ間に、1000円は使いそうですよね。
やったことないからわかんないけど。

私が行ったのは内科。
2~3年前から全身に痒みがあり、酷いときは寝られない。
その間、三つの皮膚科を受診しましたが、

「加齢によるドライスキン」
「なんとかかんとか麻疹」
「更年期障害も考えられます」

などという診断。
まあ、それはそれでいいのですが、
その処置ですよね。
塗り薬・飲み薬を処方されますが、
どれも今ひとつ。
結局、皮膚科に行っても、
痒みを押さえることはできないのね~、
という諦めモードでした。

それで他の科に行ってみようと思い、総合病院へ。
三週間前に、たまたま便の良かった協立病院を
訪ねたところ、「内科ではどうでしょう」と言われまして。

私を迎えてくれたのは、若くて活きのいい、坊ちゃん医師。
「ペットやダニ等の可能性もあるので、血液検査を」
ということでした。
皮膚科では一度も、血液検査の提案はありませんでしたわ。

で、今日、結果を聞きに行きました。
アレルギー陽性の結果が出たのは、
スギ花粉と、若干の玉子。あとは無し。
花粉症は以前からですので当然として、
若干の玉子ぉ・・・?
数値は高くないそうですが、

「とりあえず、暫くは玉子を避けた食生活をしてみましょう」
と、坊ちゃん。

でも、それは難しいよねぇ。
玉子って材料として、何にでも入っていますから。
ってことは、ケーキも不可?

一応、お薬も処方されました。
どうなることやら・・・。


ロシアとハワイの、青森での遭遇・・・の巻

フラ2
二年前のお正月、大野家でハワイへ行ったときのスナップ。

Pink Tea Time 2001年7月号

ロシアとハワイの、青森での遭遇・・・の巻

六月一九日
 最近、私のコーヒーは夫の出がらしで淹れている。職場が変わった夫が、ポットにコーヒーを入れて持っていくようになったのがきっかけだった。
 正確に言えば「職場」ではない。大学だ。
 この春から休職し、夫は二年間、大学で学ぶことになったのである。
その間、無給。
よって今の世帯主は、フルタイムの仕事を持つ私。夫は私の扶養家族となっているのだ。
「これから、いよいよドケチ・モードに突入だな!」
 四月、夫は決心したように言った。
「えっ! じゃあ今までの生活は何だったの?」
 私はのけぞった。
 それを聞いた私のお母様は、こう仰ったという。
「これまでだって人間並みの物を食べていないんだ。今年は妹子達、餓死するんじゃないだろうね」
 大学の研究室にはコーヒー・メーカーなど存在せず、節約のため、それまでコーヒーは職場でしか飲まなかった夫は困惑した。
「仕方ない。自販機や食堂は高いから、ポットを持っていくよ」
 かくして夫は、毎朝コーヒーを淹れる。計量スプーン三・五杯分の豆で、五杯分のコーヒーを淹れるのである。
 すると、コーヒーの出がらしが、毎朝大量に出る。実にもったいない。振り返れば私は、アメリカン・コーヒー派だ。濃いのは胃にも悪い。
 夫が出かけた後、残っていた豆で一・五杯分のコーヒーを淹れてみたところ、これが全然オッケー。以来私のコーヒーは、出がらしコーヒーとなっているのだ。しかもコーヒー・フィルターも一枚で済むという副産物付きなので、ダブルでケチをしているという充実感も味わえるのである。
 ある朝、薄いコーヒーを飲みながらの会話。
私「お嬢様育ちの私に、ここまでドケチが身に付くとは思わなかったわ」 
夫「いやいや、こんなのドケチとは言えないよ」
私「あ、本当のドケチは、インスタント・コーヒーってことね」
夫「いや、本当のドケチはね、飲まないんだ」
私「・・・・」

六月二〇日
 ところでなあんと、このコーナーが一冊の本『桃色茶時間』になり、その売込みで大忙しの私。出ただけで、無条件に感謝感激の大事件ではあるが、出来ることなら売れて欲しい。これが売れないと、次の本が出ないからだ。
 例えば、一昨年前に亡くなったお父様の「あ! お骨がないッ!」葬式事件、それにまつわる「葬式三段の三十郎、大活躍」の巻なんかは、今後の高齢化社会を担う人々に必読の体験談だ。
 また、骨折で入院した私の「いびき大騒動」、同室になった人々の、アンビリーバボーな不幸の連続ドラマ「ザ・不幸クラブ」も捨てがたいと思うのである。
 これら四年分の原稿が、次の出番を待っている。なんとか売りたい! という意気込みなので、辣腕編集者F氏は、いつになく真剣に仕事に取り組んでいた…。

六月二〇日
「出版記念パーティやるから」
 ある日、F氏は言った。
「えッ? そんなのに誰が出たいんですか?」
「一応、やるものなのッ。来てくれた人の分だけ、本も売れるでしょッ!」
 だが、このご時世。しかも私は名もないライターだ。私が物書きをやっていることを知る人は、極々一部なので、そう簡単に人が集まるものではない。
「パーティだからねぇ。何か余興が必要だな。知合いに芸のある人、いないの?」
 ある日、辣腕編集者F氏は言った。
「えッ! げ、芸? …ドケチは芸に入りませんよね?」
 私はひどく困惑した。そして話し合いの結果、余興は河原崎理佳さんの「フラ・ダンス」しかないという結論に達したのである。
 理佳さんは、旅のライター。グラフ青森の連載「津軽三十三観音巡礼」と「花ごよみ」を書いている人だ。
 書ける文章の守備範囲は広く、かつ多芸多才。「生まれはハワイ」と公言するだけあった、「フラ」はプロ級。動きに共通点があるのか、阿波踊りも相当うまく、「アワ・オドラー」という肩書きもあるそうだ。
「昔、花屋に勤めていた」ので、アレンジ・フラワーは本当のプロだし、「しばらくアフリカにもいた」そうなので、ひょうたん楽器の演奏もする。今は五所川原で立佞武多の紙貼りをしているし、三日前は上手に自転車にも乗っていた。何でもデキル人だ。 
 ここまでくると、何が何だか正体のわからない人物、河原崎理佳氏…。
この「芸の塊(かたまり)」という理佳さんは、二つ返事で出演をOKしてくれ、めでたくパーティの余興は決定したのである。

六月二十一日
「本番に備えて、平和公園で練習したわよ。観客がいないと、私、いやなのよねぇ」
 と言う理佳さんは、「人前で、あがったことがない」という超人的な人物であった。
 素晴らしい…。
「人前であがらない」ということ自体、もう立派な「芸」である。例えば「心臓芸」という分野に分類されるのではないか。

フラ
これは理佳さんではありません。念のため



 さて、本番は理佳さんの独壇場だった。
 黄色地に色鮮やかな花模様を染め抜いたムームーで、颯爽と登場! 私の出版記念パーティのはずが、一気に会場は、タリラリラ~ンという南国ムードに占拠されきっていたのであった。
 お客様の目は一斉に、理佳さんに釘付け状態に。
 最前列の正面にいたセルゲイ(私の英語の先生でシャイなロシア人。二十四才)が、尖った鼻ツキで食い入るように見ていたのを、私は忘れられない。
 ロシアとハワイの、青森での遭遇…。著しくインターナショナルな構図であった。
 波乱含みだったパーティも無事終了。あとは読者の皆様の応援をお願いするばかりである



過去の「Pink…」アップ遅れてます。

えさ
餌を待つ由紀夫。



週に一度、過去のPink Tea Timeをアップする予定が、
中断しています。

理由は、データが探せないから・・・。
半年分くらいのデータが、どこに行ったのか無いんですよね。

とはいえ、
いざとなったら、そのまま打ち込みし直せばいいので、
なんということはありません。

ということで、入力します。
お楽しみに!

『太鼓たたいて笛ふいて』見ました。

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『太鼓たたいて笛ふいて』
こまつ座第八十七回公演
新宿サザンシアター 12月12日(金)
作   井上ひさし
演出 栗山民也 
出演 大竹しのぶ・梅沢昌代・神野三鈴・山崎一・阿南健治・木場勝己

見てきました。
私の元担当編集者 大正なでし子女史と。
これも、期待を外しませんでしたわ。

芝居でハズレがないのが、
三谷幸喜と井上ひさし・・・、
私は、前にもそう書いたことがあります。
今回も、その通りでした。

ちなみに、これは作家:林芙美子の話ですが、
この人、こんな作家だったとは、知りませんでした。
『魔笛』でも「しらなかった」を連呼している私ですが、
すみません。無知ですわ~。

大竹しのぶの凄みのある演技と美しさにも脱帽です。
生まれながらの才能と無邪気さ故の自信。
女としても、仕事人としても、
全く、「うらやましい~」の一言ですね。

井上ひさし。
以前話題にした、小森陽一氏が事務局長をしている
「九条の会」発起人です。
しかも最近、同会の発起人だった知識人
加藤周一氏が亡くなり、世間で話題になったばかり。
加藤氏の特集をNHKでも組んでいました。

井上ひさし。
人間国宝とも言える作家・・・かもしれません。

『魔笛』見てきました。

パルコ
仙台パルコ前のクリスマスツリー。(12月13日 シカオライブ前)



松子様、梅子両御姉様含め、七名で見てきました。
モーツァルト作曲のオペラ『魔笛』。

私、オペラには関心がないので、
『魔笛』がこんな話だとは、初めて知りました。
これ、酷いセクハラじゃありませんかぁ?

「女は、浅知恵でおしゃべり。男がいないと常軌を逸する」
「ムーア人は、・・・・」(言葉は忘れたけど、差別的な内容)
「鳥にもカラスが居るから、黒い人間もいる」

とか、なんとか・・・。
そんな内容が随所に出てきて、
「もう、二度と見ないわよ!」
ってのが、正直な感想。
曲はいいのかもしれませんが、
台詞と物語には激怒。

しかも、男は結局、
若くて可愛い娘といちゃつきたいんだよ
というモチーフも随所にあり、
不愉快極まりなかったわ。

なんなの、これ?

去年、『リゴレット』を見たときも激怒しましたが、
オペラって、セクハラなのかしらん。

友人は、
「そんなこと言っていたら、森鴎外の『舞姫』も読めないわよ」
と、忠告しますが、
不愉快なものは、不愉快だわよ。
私は別に、歴史を学びに行ったのではなく、
芸術を鑑賞しに行こうと思ったのですが、
このオペラには、芸術的価値を見いだせなかったということかしら。
つまり「普遍」を見いだせない。
『魔笛』は、一過性の歴史的な価値観を
私に教えてくれただけということでしょうね。

それにしても、
同じセクハラでも、歌舞伎の方が
まだ上品だわと思いました。

しかも、下品な台詞を連呼する『魔笛』。
う~ん、ひどい。

勉強になったわ~。





スガシカオって男は。

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いつも、しょぼくれた顔の由紀夫。




スガシカオ。

彼の歌のいいところと言えば、
陰湿でストーカーなところ。
ハッキリ言って、気持ち悪い。
「爽やか」とか「純粋」とは、
全くもって、無縁な男ですよね。

私は、コブクロをカラオケで歌う男に、
「真空飛び膝蹴りをお見舞いしてやりたいッ!」
と、いつも思うわけ。
「世の中、甘く見てんじゃないよっ!」
と言いたくなるわけですね。
「コブクロ」をそれほど知ってるわけではありませんが、
おそらくシカオとは対極にあるのではないかしらん。

ストーカー的な、シカオの代表曲といえば、
『これから むかえにいくよ』でしょうか。
『はじめての気持ち』
というのも、かなり気持ち悪いです。
必聴です。

同じ「陰湿でストーカー」的歌でも、
70年代のフォークソング(かぐや姫とか・・・)
のように、「しょぼくれている」「情けない」
などということは決してなく、
ゾっとする力強さがあるんですよね。
シカオの歌を決定的に他と区別するのは、
「知性」の存在ではないでしょうか。

スガシカオ。
かなり頭のいい男です。

スガシカオ、仙台ライブ。

ぷるぷる


今、スガシカオの仙台ライブから帰ってきました!

とはいえ、なんとスガシカオ、
喉風邪を引いて、一時間経過したところで中断に。
来年の1月14日、振替ライブと相成りました・・・。

もう、酷い声(って、声になってなかったけど・・・)。
聞いていて可愛そうでしたわ~。
「中止」でなく、「振替」というのも、
さすがプロって感じかしら。
だって「中止」だと、払い戻しにはなるけど、
ネットで三万円とか出して買った人は、
大損ですからねぇ。
とはいえ、遠方から出向いている人は、
どっちにしろ(交通費は支払われないので、)損はするのですが、
仕方ないですよね。
だって、「ライブ」ですから。
逆に、CD通りの声でないところと、
予定通りにはいかないところが、ライブの醍醐味。

ということで振替は、
仕事を途中で抜け出して、
仙台へGO! ってことになります。

シカオ、頑張ってます。

青森の噂ラーメン。

味噌カレー牛乳
「かわら」の味噌カレー牛乳ラーメン。750円。


これが噂の「味噌カレー牛乳ラーメン」。
昨日のディクト寄席で、
柳家喬太郎が、盛んに話題にしていたので、
早速行って来ました。
青森のラーメンということで、売り出し中だそうです。

「行って来た」とはいえ、ここは毎日前を通る店。
うちのすぐ近くなんですよ。
いつも由紀夫が前を通りたがる。
多分、いいニオイがするんでしょうね。
この店の前の家には、サモエド犬が住んでいます。
白熊みたいにデカイ犬です。
そんなに近くなのに、「かわら」開店以来、
なんと二度くらいしか行ったことがありません。
近所のラーメン屋で私のお気に入りは、
「繁」なので・・・。

それはさておき。

確かにスープは美味いです。
最初に、ごくごくと飲んでしまいました。
ずっと昔に、札幌(北海道の)で、
似たようなラーメンを食べたことがあるような記憶が蘇ります。

私としては、もやしと味が絡んでない気がするんですよね。
麺も、なんだかボキボキしているような・・・。

スープは美味いけど、麺・具と絡んでない。
そんな印象が先行します。
その他の系列店で、味噌カレー牛乳ラーメンを食べたことはありません。
行ったことはありますが・・・。

とはいえ、青森特産として流行することを祈ります。
これは、いつも言うことなのですが、私はグルメではありません。
念のため。


柳家喬太郎独演会

独占
一番心地よい場所を知っている由紀夫。でも、お前の席じゃないんだよっ!




第八回 シネマディクト寄席に行って来ました。
柳家喬太郎独演会。

今年のイヤな思い出や事件を、笑い飛ばして来ましたわ。
落語っていいですねぇ。

今日も、ほぼ満席。
映画館で、映画よりずっと集客できる企画が、
寄席ってのも、ど~よ、というのが正直な感想。
開演前の待ち時間に映画予告をながしているので、
これがまた、映画の集客に繋がるとは思いますが。

喬太郎も初めて見ましたが、実に上手いし面白いですね。
酔っぱらいを演じるときの誇張の仕方とか、
徹底している。
他の演目ももっと見たい噺家です。
ただ、ちょっとマクラが短かったですよね。
特に、最初の「子褒め」のマクラが物足りず・・・。

とはいえ古典落語、
さらなる定着を期待します。

車の運転開始。

お気に入り
もう、十日も会っていない由紀夫。生きているのか?



五十肩を悪化させてから十日目。
ようやく、今日から車の運転を開始しました。
仕事も休んだし、五日間はタクシー通勤。
由紀夫も、ようちえんに預けっぱなし。
こういうときに、ようちえんの存在は助かるわ~。
一人暮らしで身動きできなければ、犬の散歩なんて出来ませんから。

ところで、私だけでなく、友人も酷い風邪を引き、
一ヶ月治らなかったそう。
風邪を長引かせている人、最近いますよね。
本当に災難です。

ところで私、インフルエンザの予防接種を、11月21日に受けました。
まだの方も多いのでは?

近所のM内科では、かなり前から予約が必要で、
しかも、接種日と来院時間も決められますが、
近藤病院(松原通り)は、即、注射してくれるんですよね。
去年も今年も、M内科に問い合せたのですが、
諸事情から諦めざるを得ず、
結局、近藤病院に、二年連続お世話になりました。
ありがとう、近藤病院。

下北の活断層シンポジウム

眠い
次の日曜日、下北半島の原子力施設に関するシンポがあるとのことで、お知らせ。
私は、仕事なので、行けません。残念。
以下、情報です。



「下北半島の原子力施設と活断層について考える」
―――次々と明らかになる活断層の問題点―――

●とき● 2008年12月7日(日)13:00~16:00
●ところ● 青森市文化会館3F 小会議室?
●内容●
 第一部
 近藤正道氏(参議院議員、新潟県選出、原子力政策転換議員懇談会)
 「再処理工場をめぐる国会の動き」
 渡辺満久氏(東洋大学教授)
 「大間原発と六ケ所再処理工場周辺の活断層について」
 石橋克彦氏(神戸大学名誉教授)
 「海成段丘形成の要因と活断層」
 第二部
 パネル討論  「下北半島の原子力施設と活断層について考える」
 パネラー   近藤正道、渡辺満久氏、石橋克彦氏
       進行      澤井正子(原子力資料情報室)
●資料代● 500円

主催  下北半島活断層シンポジウム実行委員会
呼びかけ団体(呼びかけ人)
  核燃サイクル阻止一万人訴訟原告団(浅石紘爾)
  反核実行委員会(奈良岡克也)
  核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会(鹿内博)
  下北の核施設を考える会(澤口進)
  核の中間貯蔵施設はいらない!下北の会(野坂庸子)
  「止めよう!再処理」市民ネット(鳴海清彦)
事務局
   青森市浜館前田4-21-26  西舘方
      Tel  080-6041-5089(澤口)
      Tel・Fax  0176-53-6061(山田)

http://hankakunen.blogdns.net/dl/20081207.pdf
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