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『中年よ大志を抱け!』観てきました。

CIMG1803.jpg


笑った、笑った!
芝居を観てこんなに笑ったのは久しぶりですね。
いやあ、ささきまことさん、凄い!
次回の公演も楽しみにしていますわ!

芝居って、どういうのが好きなのかにもよるけど、
観て「面白かった!」と思える公演は多くないと思います。
私の場合、観た芝居の二割くらいかしらん?
たいていの芝居、ざっと約8割くらいは
「う~ん」
「なんじゃ、こりゃあ?」
「ま、適当に時間をつぶしたね」
という感想なんですよね。

絶対ハズレがないと私が思う作家は、井上ひさしと三谷幸喜。
この二人って、ある意味、対照的な作家かもしれませんね。
三谷は「無意味」と言われても仕方ない芝居も多いけど、
井上ひさしの芝居は深いですよ~。
意味深くて、全く飽きない芝居を造るっていうのは、
凄い才能です。脱帽です。
あと、蜷川幸夫演出の芝居も、「さすが!」です。
高いチケット分の満足度はありますよね。
もっとも脚本が、シェークスピアだったりするわけですけれど、
演出の才能には脱帽です。

一方、劇団四季は「激怒四季」だし、
大人計画は一回観て「カネ返せ!」だったから
その後観てないし、
有名な役者が出ていても、「制作費を無駄にしたね。」
と思わせる芝居は多い。

芝居って、当たりはずれが多いと思います。

そういう私の感想を言わせていただければ、
この「中年よ大志を抱け!」は、
無条件に笑わせていただきました。
これは、なかなか出来ないことです。難しいです。
つまり、「観に来て良かった」と思わせたわけですから、
これは大変なことです。
そして、職がなくて不景気な、
若者の居場所がない青森の現状を
浮き彫りにしていました。
こういう文化活動の力強い渦が、
青森にも巻き起こればいいなぁ、そう思いました。

そしてその他の出演者
 「カレンtoりんご」、ふっきれた演技でしたね。
この爆発的演技にも脱帽です。
頑張ってください! ささきまことさん。
そして、その他のスタッフの皆さん。

アトリエ・グリーンパークにて、前売り1000円で観賞。
90点。



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今、腑に落ちた『山桜』

両親は野江をなぜ、磯村家に嫁がせたのか、わからない
と書きましたが、今わかりました。
磯村家は武士でありながら、権力におもねり、
蓄財に走る家。しかも、
浦井家(野江の家)より格下であるこの家に
野江を嫁がせた理由が、昨日はわかりませんでした。

理由は、お金ですよね。

野江は、最初の夫を病で亡くし、
磯村とは二度目の結婚。
磯村から縁談が来る前に、手塚(東山君)から
結婚の申し込みがあったものの、
「手塚家は母一人子一人だから、女には気苦労が多かろう」
ということで断わったと、野江の母(壇ふみ)が言っていました。
これは、手塚には経済的基盤がないという意味でもあるわけです。

母親役が壇ふみ、父親役が篠田三郎という、きわめて
善人顔の役者が配されていたので、
そこまで読めませんでしたわ。
ああ、スッキリした。

あの淳一を、一刻も早く硫黄島に流せッ!の巻

CIMG1790.jpg今日は、二時間も散歩してしまった由紀夫。でも、痩せないよね。



〈お断り〉
昨日、映画『武士の一分』を話題にしたので、関連した過去のPink Tea Timeを載せてみました。ブログに掲載する順序が狂いますが、ご了承下さい。

Pink Tea Time 2007年2月号

あの淳一を、一刻も早く硫黄島に流せッ!の巻

2月6日 
『愛の流刑地』。
 豊川悦司様のヌードで話題の、日本映画である。その過激なテーマと濡れ場の激しさゆえ、主演女優がなかなか決まらなかったらしい。大物女優に次々断られ、制作会社は著しく困ったそうだ。
 しかし、どうしたことか私には、出演依頼の連絡がなかった。豊川様の相手役なら、二つ返事でホイホイと承諾する用意が24時間整っているが、一体どうしたことであろうか。
 まあそれはそれであるが、『愛ルケ』は豊川様の素晴らしさは別にして、その内容たるや極めて悲惨。全く許しがたいものであった。一体こんなくだらない話を映画にしてもいいものなのか。
 あまりのくだらなさに私は「かっ!」となり、原作を読んだ。勿論買ったのではない。あんな駄作に金を払うのは良心が許さないので、図書館から借りてやったのである。借りてみたら、なんと分厚い単行本で上下二冊もある。超一流の駄作に、こんなに大量の紙と空間を使わせていいのか。しかも、この図書館だって、庶民の血税を使って購入したのだと後で気づいた。資源と税金の、なんという無駄遣いだろうと、私は再び「かっ」となった。
 そして私は読み進むうち、なお一層憤激したのであった…。

2月7日
 まず第一に、誰か今すぐあのエロじじいを愛の流刑地に流してくれということである。
原作者、渡辺淳一。
 この男、今年で七四歳になるそうだが、一向に衰える様子がない。そればかりか、年々歳々傍若無人となり、色欲を増しているようだ。一体、何を食っているのであろうか。
 そして世間もその見苦しい作品の暴走を誰一人止めることをせず、それどころか、最近は淳一の「公式ブログ」などを開設させて、ますます図に乗っていく状況を看過しているのである。
 中国の聖人孔子はその昔、「七十にして心の欲するところに従いて、矩(のり)(規範)を越えず」と言った。つまり、「七十になったら自分のしたい放題に振る舞っても、人の道を踏み外さなくなった」ということである。しかしこの渡辺淳一は、とうの昔に七十を過ぎているのに、色欲の欲するところに従って違法な話を繰り返している。この違いは、一体どこからくるのであろうか。
 最初に驚愕したのが、小説『愛の流刑地』は日本経済新聞に一年三ヶ月連載された小説だったという点である。私は新聞事情に詳しくはないが、日経は日本の経済界をリードする新聞であろう。そのような権威ある新聞が、なぜこんなじじいのエロ話を、毎日毎日堂々と一年三ヶ月の長きにわたり、掲載していたのであろうか。その無神経さと厚顔に義憤を感じるのである。
 日本の一般週刊誌も確かに酷い。殆どの週刊誌で、毎週必ず女の裸を包み隠さずべろりと載せるのが規則となっている。ポルノ小説や下ネタ欄も必ずあり、こういう習慣が日経の『愛ルケ』連載の温床であろう。
 しかしどうしてこう、男という生き物は愚かで無節操なのか。女の裸が毎週載っていなければ、購買意欲が落ちるのはなぜかということである。

2月8日
 次に驚愕したのが、主人公・村尾菊治の幼稚さである。
 五五歳の売れない作家。三十代でちやほやされ、今は忘れられた作家という設定だが、これほど精神年齢が幼稚では、若い時期しか売れなかったのも当然だろう。あるいはそこまで想定しての人物設定だったのか。
 それにしても酷い。例えば「嫌いな夫との間に、なぜ子供が三人もいるのか」と何度も疑問に思う菊治。「愛の饗宴(と菊治は言っている)」前の食事で、「精が付くから」と冬香に白子焼きを勧める菊治。メールにハートマークを三つも付けて送信し、満足する菊治…。
 こんな小学生レベルの男の話を、経済界の男どもが毎日楽しみにしていたのかと思うと、私は驚き呆れるのである。
 一番の驚きは「愛がなければ子供は三人も生まれるはずがない」と菊治が思っているということである。この男は学校で必履修の保健体育を履修していないと思われる。
 次に仰天するのが、「自分は特別な男」という自惚れである。そして特別な男だから何をやっても許されるという錯覚である。
「『失楽園』でもそうだったけどさぁ、他の男ではエクスタシーを感じなかった女に、おれは感じさせてやれるんだっていうパターン。自分は特別だって言いたいわけよ。でも、それが何なわけ?」
 と友人Mちゃんも憤慨していた。
 菊治は留置場でも「あの女検事は、エクスタシーを知らないから何もわからないんだ」と激怒していていたよな。つまり菊治の頭にはソレしかないのである。
 そして最も不愉快なのが、菊治を図に乗らせる“都合のいい女”しか、物語に登場しないという点である。要するにこの話はエロじじいの好色な妄想の繰り返しに過ぎないのだが、それを大々的に映画化し、全国一斉ロードショーにかけるとは、一体何事なのか。

2月9日
 実は同じ日、映画『武士の一分』でも私は憤激したのである。 
 この映画のテレビCMでは「二人の深い愛に感動しましたぁ!」とか「私もあんなに深く愛されてみたいですぅ」とか、試写会を見た若い女が泣きながら語っていたよな。しかし、もし熟年層の女性に感想を聞いていたとしたら、違う感想が出てきたはずだ。この『武士の一分』も、とんでもない男の横暴映画ではないのか。
 何が横暴かと言って、三村新之丞(木村拓哉)が妻・加代を離縁するところだ。夫の名誉と仕事の為に身を挺したのに、加代は殴られ、新之丞は「武士の一分が立ちましねぇ」とかほざいて見放す。これのどこが「深い愛」なのか、感動の涙を流したおまえら言ってみろっ!ということである。本当にこの映画も、男の見栄と欲望の物語であった。まあ、武士社会の基本は「男の見栄と欲望」に尽きると言えば言えるのだが。
 この『武士…』と『愛ルケ』を同じ日に見た私は、その男映画の横暴さに大変不愉快になった。それに比べて『硫黄島からの手紙』と『父親たちの星条旗』を作ったクリント・イーストウッド…。本当に素晴らしい。
 イーストウッドは渡辺淳一と三歳しか違わないから、今年七十七歳であるが、同じ七十代でも雲泥の違いがある。
 あの淳一を一刻も早く硫黄島に流せ! それが今の私の願いである。


 

『山桜』見てきました。

CIMG1797.jpg 名前が「由紀夫」だからって、切腹するなよ、由紀夫。




原作:藤沢周平
監督:篠原哲夫
出演:田中麗奈・東山紀之・壇ふみ・篠田三郎・富士純子

感動的で美しい映画という評判だったので、見てきました。
篠原監督だし、ハズレはないとは思っていましたが、
でも正直、あまり気が進みませんでした。

確かに、面白いですよ。藤沢周平。
でも私は、個人的に今ひとつ。
清貧の美しさや庶民の力強さ、権力の不条理を描いているんだろうし、
人情溢れる物語で、うまいんだけど、
どうも貧乏くさいのがねぇ・・・。
しかも、武家社会は男の欲望と見栄の社会だから、
見ていて激怒してしまうわけ。実際に、
映画『武士の一分』は、激怒のセクハラ映画だったではありませんか!!

で、この『山桜』。
確かに感動と号泣の映画でしたわ。
風景も美しいし、東山君のりりしさも健在。
上質だし、国際的にも評価を得られると確信させる時代劇でした。
東山君が台詞をいう場面が、
最初の一分ほどしかないのには仰天しましたが・・・。
手塚(東山)に、切腹の沙汰が下らないのも、やや
違和感はありますが、これも感情的にはOKとしましょう。

いい映画なんですけど、物語的にどうしても納得できないところが一カ所。
それは、なぜ両親は野江(田中)を磯村家に嫁にやったのか
という点です。
だって、手塚が磯村家の腐った体質を当時から知っていて、
野江がそこに嫁いだことを激怒したくらいですから、
当然、野江の両親も知っているはず。
ここが、どうしても理解不能。残念。


100点満点の70点。
シネマディクト 回数券で観賞。1000円。



名義変更の戦いの巻

CIMG1769.jpg 飼い主の戦いの最中も、このように寝ていた由紀夫。


Pink Tea Time 2008年8月号

八月七日
 私は大変心が広く、滅多に怒ることはない。
 ジョブカフェ職員の「ただ適当に、カタカナを並べてみました!」といった体の、言語明瞭・意味不明な説明にもニッコリと微笑み、県庁の「なんじゃこりゃあ」的役人英語の羅列をも、ふぉっふぉっふぉと軽く受け流したほどだ。詳細は四、六月号を参照されたい。
 その私が先日、本当に久々に激怒したので、是非皆様にご報告したいと思うのである。

八月八日
 それはM銀行での出来事であった。
 私は二年前に離婚し、その後、各種の名義変更に、しばらくの間奔走したことがある。それはそれは大変だった。
 戸籍、住民票、各種生命保険、車の保険、運転免許証、車の名義、パスポート、クレジットカード、預金通帳、証券会社の名義、印鑑、ヤフー、NHK、デパート友の会、名刺、メールアドレス、電気・ガス・水道、電話、生協等々…。これだけ聞いても悪寒と目眩がするだろうが、他にも職場に関する全ての登録名も変更しなければならなかった。
 しかし、これらはまだ序の口であった。なにより一番大変だったのは、不動産関連の名義変更であったのだ…。
 離婚後、私は現在の家に住み続けることを選択した。この家は共同名義であり、住宅ローンがあと七年残っていたので、それは今まで二人で返済していたローンを、全額一人で返すことを意味する。よってローンの名義変更と保険・税金関係、口座名義の変更など、全て私がやらねばならなかった。そしてこれら住宅ローン関係の作業が終了するのに、実に半年…、そう半年弱もかかったのである。

八月九日
 住宅ローンの件で、初めてM銀行を訪ねたのは、平成十八年十二月後半。折しもクリスマス時期であり、街も恋人達も皆、ジングルベ~ル、ジングルベ~ル、鈴が鳴るぅ~と、徒夢(あだゆめ)に浮かれていた頃であったと記憶している。もともと共同名義だったそれまでも、M銀がローン(住宅金融公庫)窓口だったので、M銀を選んだのは当然の流れであった。
 さて、個人ローン担当の男に、今後は私一人で返済する旨を告げると、
「まず、お客様にローンの返済能力があるか否かの審査があり、それを通れば名義変更ができる。だから二年分の所得証明が必要だ」
 と言われた。
 最初はムッとしたが、やむを得ない。確かに一人で返すとなると、かなりの額になるからである。そして所得証明を取りに市役所へ行ったのが十二月二十二日。他にも住民票、印鑑証明や実印、不動産関係の書類等を用意した上、M銀に言われるがまま、さらに膨大な書類も書いた。なんだか知らないがやたらと多かった。もちろん私はフルタイムで働いているので、役所や銀行へ行く時間のやりくりも、ごっつう大変だったのだ。
 が、やっとのことで何枚も書類を出しても、審査結果が出るのは遅かった。どれほどの時間を一体何に費やしていたのか、私は知らないが、「上からの返事に時間がかかる」と担当の男が言ったのは記憶している。
 そうこうするうち時は流れ、正月も過ぎた。私は審査にめでたく合格し、ようやく名義変更の手続きに突入。しかし大変不幸なことに、この作業の途中に住宅金融公庫が、「住宅金融支援機構」なるものに変わっていたのである。それが平成十九年四月一日であった…。
 そして私はM銀の担当者に、何枚かの書類を、もう一度書き直すよう求められたのである。理由はこうだった。
「公庫が支援機構に変わったため、前に書いてもらった書類が使えなくなったから」
「え…?」
 私は呆然とした。だって「そんなこと、最初から分かっていたことだろッ!」という憤りを、客である私が持つのは当然だからである。しかも「その新しい書類がまだ出来ない」とのことで、さらに暫く待たされたのだ。
 
八月十日
「今までの苦労は何だったんだ…。ちッ!」
 段取り悪さに苛立ちながらも、暫くして私は住宅支援機構用の新書類を整えた。
 とはいえ、時間がかかったのは、一方的にM銀や公庫のせいではないだろう。というのも、元夫が書くべき書類も多数あり、そのやりとりは郵送で行われたからである。
 しかしご存じの通り、元夫はドケチが背広を着ているような男であり、この手続きが終了しない限り、ローンは全額自分の通帳から引き落とされ続けるので、「早く手続きしてくれッ」との催促が数回あった。よって返送は迅速だったし、私がM銀へ行ったのも書類入手後、ほぼ即日であったと記憶している。
 結局、私名義の通帳から初めてローンが引き落とされたのは平成十九年四月中旬。その時点で、実に五ヶ月近く経過したことになる。
 その後、M銀経由で依頼した司法書士の手続きも済み、固定資産税や団体信用保険関係の作業も終了。その間も、「この書類もあった」とか「押印が必要だった」とかで、ローン担当の男が数回、私の職場を訪れたりもした。とにかく煩雑を極めた。
 そして司法書士への支払と権利証の受け取りの為、M銀に来るよう言われたのは六月上旬。「これで全部、終了です!」と言われた時、日本はもう初夏になっていたのである…。

八月十一日
 再び時は流れ、平成二十年八月。ローンは着々と返済されていた。
 ある日、ローンの一部繰上げ返済を思い立ち、私はM銀の窓口に立っていた。前もって電話で話していたので、書くべき書類は既に準備されていたが、ローン担当者は去年とは違う男になっていた。
 そして私は、用意された書類を書こうとして異変に気づいたのである。ローンの私の名義が旧姓のままだったのだ!
 私の住宅ローンは二種類から成っている。話を簡単にするため、仮にローンA/ローンBとしよう。うちローンAの残高が四十万円を切ったので、そちらを完済しようと思ったのだった。すると、どうしたことだろう。ローンBの負債者は今の私の姓なのに、ローンAの負債者は離婚前の姓のままなのだ。こりゃ、どうしたことか?
 鼻穴を広げて、新担当者に問いただすと、
「名義の変更手続きをしなかったということですね。何故だと言われましても、これは住宅金融支援機構のローンなので、我々はその取り次ぎ窓口をしているだけですから…」
 などとノン気に抜かすのである。しかし、あの時、名義変更こそが、取り次ぎ窓口の仕事じゃなかったのか? しかもローンAもBも、着々と今の名前の通帳から引き落とされているのに、Bだけが名義変更され、Aはされていないとは、どういうことなのか?
 私が激怒したので、新担当者はようやく謝ったが、「名義変更書類」というものを書いてくれと言う。そして私は二年ほど前、この書類を書いた記憶があるのである…。
 私は、呆れた。呆れ返った。
 たった私一人の名義変更に、どれだけ膨大な時間と紙が無駄に費やされたかを考えて、目眩がしたのである。悪いのはM銀行か住宅機構か、今となっては分からない。それにしても、日本中に一体どれだけの無駄と無能者が蔓延しているのだろう。
 一体この激怒は、どこにぶつけるべきかと眉間に深く皺を刻みつつ、振り返って由紀夫にバナナをあげた、真夏の夕方であった。

『スラムダンク』を、もう少し。

CIMG1768.jpg 自由奔放に寝る男、由紀夫。




この漫画が面白い理由は、

? 登場人物の強烈な性格描写に、全くブレが無い。
? 登場人物の目的が、各々明確である。
? 「空想の世界」と「現実世界」を、同時進行させていることで、
  物語に奥行きが生まれている。

などが挙げられるでしょう。

??に関しては、例えば、桜木と流川の不仲に代表されますよね。
桜木は流川を「恋敵」と設定しているので、流川の全てが気にくわない。
だから、試合中も流川の足を引っ張り、パスさえやらない
という点が、相手チームの想定外の行動となるわけですね。
そこが、読者には痛快なんです。

?に関しては、桜木の空想世界を中心に語られます。
この仮想世界は、主に「動物名」、または桜木が勝手に付けた
アダナで語られるので、大変にわかりやすい仕掛けになっています。
例えば「キツネ=流川」「ゴリラ=赤木」「サル=清田」「ボスザル=魚住」。
桜木の勝手な空想世界では、自分は「天才」で晴子は自分に惚れている。
しかもその空想世界を完成させるため、外界の音を聞かないよう、
耳をピタッと、貝のように閉じてしまうことが出来るんですよね。
素晴らしい。
やはり、スポーツで勝つには「イメージトレーニング」が重要だということが
この漫画でも語られているということでしょうか。

そして実はこの漫画、全く高校生の話ではありませんよね。
高校総体という形式は取っていますが、
登場人物のキャラや設定は、全く高校生活の範疇ではない、
一般の若い男(特に、ろくでなし中心)世界の話になっています。
その証拠に、登場人物達の親・保護者がまるで登場しない。
そもそも、あんな自由奔放な生活と言動は、一般の高校生には不可能。
即、退学です。
バスケ部だけが、時間制限無しに体育館を使えるとか、
ありえませんしね~。

つまり、一般社会の人間関係、
特に、「エリート対非エリート」という構図に重ねることが出来るからこそ
読んでいてすかっとするし、ファンの年齢層も広いということに
なるのかもしれません。


さて一方、『スラムダンク』の弱点は、

「女の登場人物に関しては、設定が甘い。」

ってことかしら。

そもそも、単行本の巻頭で、赤木晴子を
「流川楓に片思いのモテモテの女の子」と紹介してるけど、
このキャラは不自然じゃない?
確かに、桜木も柔道部主将の青田も、晴子にぞっこんだけど、
そんな男の気落ちに全く気づかないかのような晴子の、
天使のように無邪気な振るまい。
そして、かわいこちゃんでモテモテの晴子など全く存在しないかのような、
クールすぎる流川楓の言動。 
私には、解釈できないわ~。

『スラムダンク』は
男中心の物語だから、仕方ないのかしらねぇ。

とりあえず、いろいろ考えたことを、書いてみました。






『スラムダンク』の名台詞、ベスト3!

CIMG1771.jpg 「さー、食おうか」 食うことしか考えていない男、由紀夫。




夏休み、念願の『スラムダンク』全31巻を読破。
ああ、スッキリしたぁ。

私が選んだ名台詞、ベスト3は・・・!

?1 「さー、いこうか」 
     (色男仙道のキメ台詞。寝起きの髪を、是非見たいと思わせる男。
     実はヅラか?)

?2 「湘北は、ベスト4にはまだ早い!」
     (湘陽バスケ部選手兼監督である藤真が、
     満を持してコートに出る時の台詞。肩に羽織っていた上着を、
     ハラリッと脱ぐポーズが、歌舞伎役者のように決まっていた。
     でも、前ふりが長かった割に、試合に出た時間は短かった)

?3 「みっちゃ~ん!」
    「やめろっ! 気持ち悪いなっ!」
     (三井信者のマッチョな男堀田と、三井寿のやりとり。
      本当に、気持ち悪い。) 

私は、柔道部主将の青田も好きですねぇ。
決して桜木の勧誘を諦めない男、青田。
なぜか柔道着に優勝旗を持って、バスケの応援に来るところも素晴らしい。

ちなみに、TVアニメでは、仙道と堀田は同じ声優が演じていたんですね。
ちょっと、驚き。




一人で遊ぶ、由紀夫。

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『豊饒の海』を、もう少し。

CIMG0980.jpg由紀夫が生まれ変わっても、けっしてこれほど可愛くなるはずがないと思われます。
由紀夫とは段違いの可愛さ、キャン太。





Iさんから『豊饒の海』について質問があったので、
この件についてもう少し。

まず、Iさん「漢字が難しい」とのことだったので、
先日のブログを再編集し、ルビを振りました。
確かに難しいですよね。
しかも『天人五衰』は、仏教用語ですし・・・。

そして、「どうしても、結末が知りたい」そうです。
「全巻1513ページは読めない。でも、結末が気になる!」

ふっふっふ。
それは、ちょっと難しい相談ですね。
勿体なくて教えられません。
っていうか、1513ページ読むからこそ、
この結末が衝撃的なのかも・・・。

私だって先日、『スラムダンク』全31巻を踏破したからこそ、
「左手はそえるだけ・・・」
が、衝撃的だったんですからねぇ。

Iさん、映画『春の雪』はご覧になったそう。
で、あれが続き物の一巻目だとは知らなかったそうです。
そりゃ、そうですよ。
映画は原作とは別物で、
特にあの映画では、清顕が「輪廻転生」するための、
いくつかの複線は全て割愛されていましたから。
たとえば、清顕の身体にある三つの黒子(ほくろ)がない。
それから第二巻で清顕の生まれ変わりとなる「勲(いさお)」
の父親=「飯沼」が出てこない。
飯沼は第一巻『春の雪』では、清顕の付人(松枝家の書生)です。

ということで、Iさん、ガンバ! (って、何を?)

『泥の河』『螢川』の世界。

CIMG1703.jpg ポン太、登場!




今日は、宮本輝の小説、『泥の河』『螢川』読みました。
う~ん。
個人的には読みたくない小説だけど、
なぜだか、どんどん引きずり込まれる勢いがありますよね。
それに、鮮烈な映像を浮かび上がらせる、巧みな描写に脱帽です。

湿った空気が淀む、暗い空間。
その暗がりと、強烈な太陽光線との対比。
少年の鮮明な記憶。
混沌とした人間の生活の周辺に漂う、鼻を突くような異臭。
そして得体の知れぬ活力。

そんな感じかしらん。

Y先生が『泥の河』の授業をやっていらっしゃるので、
前々から読まなければと思っていました。
確かに、深読みしたくなるモチーフが出てきますよね。
お化け鯉とか、馬車を引く男とか・・・。

先生は、小栗公平の映画も使って授業をなさるとか。
是非、出てみたいですわ。



マシンガントーカー、テツ子の巻

CIMG0984.jpg 「なぜもう、自分よりデカイ・・・」とガックリ肩を落とす由紀夫。あ、落とす肩は無いんだった。なで肩だから。




Pink Tea Time 2000年4月号 


3月25日(土)
 ここは帝国劇場。
 お母様に連れてこられ、ミュージカル『ローマの休日』を見ているのである。
 お母様は74才のミーハー。ちょっと前は『サラリーマン金太郎』の高橋克典に夢中だった。そして、娘たちに高橋克典の歌のテープを配り、無理やり車中でも聞かせていた。本当に迷惑だった。
 今は、金太郎などコロッと忘れた様子で、俳優の内野聖陽がターゲットである。映画『黒い家』主演の、あの栄養失調男。一体どこがいいのか。お母様は、「内野さん」とか「聖陽さーん」とか、知り合いのように呼んでいる。
 それともう一人、色黒俳優・山口祐一郎。 私はTVドラマ『魔女の条件』の悪徳医師役しか知らない。ところがこの男は結構ドラマ等で、黒い顔に白い歯をきらりと輝かせ、熟女殺しの演技を見せていたらしい。
「山口さんは歌がすごーくうまいんだよ。妹子、チケットを取っておくれ!」
 ということで、『ローマの休日』は大地真央と山口主演のミュージカルなのであった。親孝行にいちいち付き合うのも大変だ。
 私はミュージカルなど興味が無く、隣の若いアベックが気になっていた。
 女のほうが、やたらと左手をかざすような仕種を見せている。隣のニヤケ男と嬉しそうに話しながら、それを何度もやる。すると、おっ? 暗闇にキラリと光る、ダイヤモンドがゴロリッ。どうやら婚約したてのカップルらしいのであった。
「ふふん。かわいそうに。それが不幸の入口なのよね」
私とお母様は帰り道に話し合った。隣の女は劇の途中、王女とジョー・ブラッドレーの別れで、鼻水を垂らしていたよな。
「甘いよねぇ。ローマの休日だってさ、たった一日だから燃えるわけよ」
「そうそう。これがさぁ、1年もしたら、芝居のチケットも指輪も、買ってくれるのは自分だけよ」
「わかっちゃないよねぇ」

3月26日(日)
 翌日。
 結婚式場では、テツ子叔母さんが、指差し確認をしながら仕切っていた。
 八戸のテツ子叔母さん・・・・。実の妹であるナオ子・クニ子両叔母も、呆れるあまり関わりたくないという、仕切り屋&喋り好きである。大好きなのは喫茶店。コーヒー一杯で3、4時間はねばり、主婦仲間と毎日喋りまくっているという人物だ。
 テツ子叔母さんは専業主婦だが、なぜか毎日バスで出掛ける。喫茶店の人は毎日来るので、保険の外交員だと思っていたそうだ。バスの運転手には、定期券を勧められるという。
 去年のお父様の葬式でも、よく喋ったよな。
「まあまあ妹子ちゃん、大変ねぇ・・・」
「女三姉妹で本当よかったわぁ・・・」
「そうそう、うちのヒロは今東京で・・・」
「まあ、そのお茶碗、とても素敵」
・・・・付け入る隙を与えないマシンガントーク。一体、いつ呼吸しているのか?
 喋る時、「そうそう!」と言いながら、相手を何回も指差し確認するのが癖だ。相手の手を両手でギリッと握り、ブルブルと振り回したりもする。
 物静かなクニ子叔母さんは、それを見て、うんざりしながら法要会場を去っていった。ドングリ目のナオ子叔母さんは、手を握られた私を心配し、
「妹子ちゃん。指輪、抜かれてないか?」
 と、いちいち確認していた。
 大変な社交家、テツ子叔母さん。行く先々で延々と喋るので「疲れを知らない女」とも呼ばれているのであった。

3月27日(月)
 で、今回の東京旅行は、そのテツ子叔母さんの息子ヒロちゃんの結婚式が目的であった。
 高級な店や家が並ぶ広尾の、「羽澤ガーデン」が披露宴会場。よく将棋の名人戦も行われるという、由緒正しい建物だ。
 ここでは、新郎新婦による「餅のつき初め式」というのが行われる。初めて見せてもらったが、きっと日本式の「ウエディングケーキ入刀」に該当するのだろう。その後、出来た餅は列席者に振る舞われる。
 羽織袴の新郎が杵を「ヤッ!」と振り上げ、餅をつく。受けて、文金高島田のズラを被った新婦が、たすき姿でかがみ、餅を「ヨッコラショ」とこねる。このポーズを「パシャッ!」と写真に撮るのが、披露宴のクライマックスとなるのだ。
 ふと思った。なぜ、立って杵で餅をつくのが男で、しゃがんでコネるのが女なのか? 
「次は、嫁に杵を持たせてみろッ!」
 というのが私の率直な感想であった。
 そんなことは全く考えない様子で、脇で音頭を取るのは、もちろんテツ子叔母さん。
「ハイ、良くできました! 次はあなた」
 と指を差し、
「ハイあなた、そこ写真撮って。ハイ、次あなた。ペッタンコッと」
 と、次々指差し指名しては、交替で餅つきをさせている。新郎新婦の後、列席者も餅をつくのが習わしだという。一方、夫である叔父さんは、おとなしく横でボーッと見ている。その間も叔母さんは、休むことなく指を差しているのであっった。
 ナオ子叔母さんが目をクリクリさせて言うには、叔父さんももう諦めているらしい。家に居られるとうるさいから、お金を渡して出掛けてもらうんだという。叔父さんは無口で、庭の手入れが趣味。ご飯も自分で作るというから、本当に出来た人だ。
 息子のヒロちゃんの家庭も、こんな夫婦になるんじゃないかと予感させるものがある。だって、12も年下のお嫁さんは、「鉄人レース」と言われるトライアスロンの選手だというからね。
 まさに因果である。テツ子の家に嫁に来た、「テツ人」・・・。
 出来た餅にアンコを付け、バクバク食いつつ、私はそう思った。叔父さんの血筋は、「疲れを知らない女」を自然と選んでしまう運命にあるのだろうか。

3月28日(火)
 披露宴は無事終わり、送迎バスに乗り込んでも、テツ子叔母さんが帰ってこない。新婦側の一族と、また、腕を振り回しながら喋りまくっているのだろう。待ちくたびれたナオ子叔母さんは、バスを降りて迎えにいった。
 夕方、私がホテルに帰ってみて驚いた。一行は、迎えに降りたナオ子叔母さんを、会場に置き忘れて来たという。
 最後にテツ子叔母さんがバスに乗り込み、発車して小一時間。ホテル到着まで誰一人、ドングリ目のナオ子叔母さんが居ないことに気付かなかったというから不思議だ。
 テツ子叔母さんはなぜ、この時に限って、「指差し確認」をしなかったのか? 肝心の場面で得意技が生かされなかったとは、本当に悔やまれるところである。


TOEIC受験は、一回休み。


CIMG1734.jpg学会の懇親会と宿泊場所となった川湯温泉駅。無人です。


9月のTOEICを受験するつもりでしたが、予定変更。
ちょっとお休みにしました。

「三島由紀夫の勉強をする!」という目標を
自分に設定したので、余裕が無くなりまして・・・。
両方やるほど、若くはないのよね~。
トホホホ。


CIMG1740.jpg帯広駅前。これ、エゾシカでしょうか?

『奔馬』の論文完成を目指すわん!

CIMG1719.jpg釧路から川湯温泉駅へ向かう列車から。釧路湿原の風景。



八月九日の日本近代文学会学会(釧路大会)に参加して、思いました。
来年の札幌大会では、この私が研究発表したい!!

ということで、今から来年の夏の発表に向けて、準備したいと思います。
なにぶん、目標と締切りがないと何も出来ないという自堕落な性分なので、
自ら締切りを設定しようと思い立ちました。

主題はもちろん、三島由紀夫の『豊饒の海』(四部作)。
今回はついに、その二作目『奔馬』に突入しようと思います。

一応説明しておくと、『豊饒の海』は三島の遺作で、四巻から成っています。
つまり続き物。しかも第一巻の主人公「清顕(きよあき)」が
「輪廻転生する」ということになっており、
三島にはあり得ないような非現実的設定。
構成は以下。

『豊饒の海』(ほうじょうのうみ)  
     第一巻 『春の雪』(はるのゆき)
      (映画では清顕を妻夫木聡、聡子を竹内結子がやってましたね)
    第二巻 『奔馬』(ほんば)
    第三巻 『暁の寺』(あかつきのてら)
    第四巻 『天人五衰』(てんにんごすい)  

あらすじ
〔第一巻『春の雪』〕 
大正元年、松枝侯爵の一人息子である美少年清顕は十八歳。二歳年上の幼なじみ、綾倉聡子の求愛を無視し続けていた。ところが、聡子が洞院の宮と結婚することが決まると、清顕は強引に聡子を我が物にする。許されない恋愛の末、聡子は妊娠。結局堕胎し、奈良の月修寺で出家してしまう。清顕は病を押して月修寺に通うが、聡子との面会を拒まれ続け、親友の本多との再会を約し、二十歳で死ぬ。

〔第二巻『奔馬』〕   
判事になった本多は、清顕の生まれ変わりである飯沼勲に会う。勲は正義を貫くため、財界首脳の暗殺を実行し、自身も切腹する(推定二十歳)。

〔第三巻『暁の寺』〕  
四十七歳になった本多はタイを訪れ、自ら勲の生まれ変わりだと語る少女:ジン・ジャンに会う。本多はジン・ジャンに恋をするが、同時に認識の世界から逃れられない自分に絶望。ジン・ジャンは、コブラにかまれて二十歳で死ぬ。

〔第四巻『天人五衰』〕
七十六歳の本多は、清顕の生まれ変わりとしての証拠を持つ少年:安永透を養子に迎える。しかし、本多は透に虐待され、透は二十歳を過ぎても生き続ける(清顕の生まれ変わりなら、二十歳で死ぬはず)。地位も名誉も失い、死の病に侵された本多は月修寺を訪れる。しかし、そこで六十年ぶりに再会した八十二歳の聡子は、驚愕の発言をするのだった・・・!


CIMG1726.jpg川湯温泉のお土産屋の前で。  一木作りの彫刻を、「一部分壊れたから、もう要らない」と言う持ち主から譲り受けて来たところだそう。 でかい!!



『豊饒の海』の問題点は、ざっと挙げると、以下です。

1.最終場面の聡子の台詞(これはネタバレになるので秘密)が、
あまりにもアンビリーバブルで、驚天動地の内容であること。

2.三島由紀夫の小説に、このようなファンタジーもの
(現実世界とはかけ離れた、物語設定)は、他にないこと。
つまり、なぜ「輪廻転生」なのか? という素朴な疑問が生じるということ。

3.この驚天動地の最終場面を書いたその日(昭和45年11月25日)に、
三島由紀夫は切腹して死んでいること。



そして、この驚きの結末を論理的に解釈した人は、現在のところ
居ません。居るとすれば、それは私ですよね。ふっふっふ。

それにしても、なぜ輪廻転生なのか、そして本多の役割とは?
など、謎は尽きない小説ですし、あまりにも問題が大きいので、
今まで真っ正面から切り込む研究者が少なかった(居なかった?)
というのが現状だと思います。


・・・・・ちょっと、大風呂敷を広げすぎました。
とりあえず、私のライフワークとしたい小説です。

この醤油は、どこの?

醤油容器

写真中の左の醤油は、どこの会社の醤油なのかしら。
ネットで探しても分からないのよね~。

私、随分前から、小さな卓上用醤油容器に拘っていて、
理想の容器を探しているわけ。
条件としては、以下。

1,極めて小さい。
2.醤油切れが良い。
3.透明なガラス製。
4,お洒落な意匠。

で、先日、釧路プリンスホテルに泊まったとき、
レストランでこの容器に遭遇。
大変お洒落だし、理想に近いものだったので、
従業員に聞いたら、
「これは一般に市販されている丸大豆醤油で、
このホテルには、ラベルを取って納品して貰っている。
だからスーパーで売っているはず。」
とのこと。

でも、分からないんですよね。どこのだか。
もう一度、電話でホテルに聞いてみようかしらん?



子猫の里親募集してます。

里親募集


また、里親募集のお知らせ。

今日、ほき動物クリニックに貼り出されていたもの。
拾われてきた頃は、まだ生まれたばかりだったので、
スタッフが交代で家に連れ帰り、夜中もミルクをあげたそうです。
なんと、美しいお話かしら~!!

ということで、興味のある方は以下へお電話を。
017(731)2251  ほき動物クリニック


ところで、次の写真は昨日、フリマ会場で。
「チビッコわくわくワールド」のイベントで売られていた
パグの風船です。かなり笑えます。

パグ風船


これ、紐を引いて歩くと、まるで本当にパグを散歩しているかのように
風船がスキップしながら、後を付いてくるわけ。
由紀夫と対面させたら、さぞや興奮することでございましょう。
得意技のトリプルルッツを、30回はするでしょうね。

それにしても、こうしてパグの風船がたくさん居ると
なんだか気持ち悪いけど、
本物のパグがわらわらと一カ所に居るのも、
想像しただけで気持悪そうでない?
う~ん・・・。

(写真はkoroさん撮影)

二日連続フリマ終了。

蟄居中?
深窓の令息、ポン太。



koroさんの有り難いお手伝いで、
怒濤の二日連続フリーマーケットも無事終了。
本日の売上げは、7550円でした。
ちょっと、残念・・・。

純利益二日分の合計は 21210円。
(出店料二日分5000円を差し引いています。)
まあまあというところでしょうか・・・。

皆様、本当にご協力有り難う御座いました!!

今回は、二階がフリマ会場ということで、
重い物・大きい物などは持っていくことができませんでしたし、
衣料は夏物を出品。
まだ、秋冬物の衣料やその他雑貨も残っていますので、
年内にまた実施したいと思っています。
どこかフリーマーケット実施の情報がありましたら、
是非、お知らせ下さい!!

でも、物を売るって大変な仕事ですよね。
売れると楽しいけど。

本日、13660円の売上げ。

お休み
お前が羨ましいぜ、由紀夫。そんなに寝られて・・・。




お陰様で、純利益が13660円でした。
二日分の出店料を差し引いていますので、
実際は18000円くらいの売上げだったことになります。
皆様、ご協力有り難う御座いました!!

今日来たフリママニアの常連客は、二人くらい。
RAB関連のイベントに併設されたフリマでしたが、
屋内だったせいか、お客様はイベントに来た人に限られてしまった感じで、
あまり多くありませんでしたね~。

それにしても、今回も人気だったのは「大きいサイズ」の服でした。
日本人の体格は、かなり大きくなっていると実感。
政治・文化面だけでなく、
体格面でも、アメリカの後を追っている感がありますね。

そして今回も売れなかったのは、パンツ(ズボンですね)。
これは、毎回売れない商品が残っていくという悪循環に。
やはり、試着できないというのがネックなんでしょうか。
でも、今回は屋内なので、
試着しようと思えばトイレ等で出来るのですが、
そこまでしようとは思わないんでしょうね。
サイズを明記しても、あまり売上げに反映しないのも不思議。
やはり、上に着る物は気軽に買えるし、
「あ、おしゃれ!」と即時に判断できる、
かつ他人からも、即評価が得られる・・・等が
売れる原因かもしれません。
でも、本当のお洒落さんは、
下に行くほど気を使うような気がしませんか?
まず靴。そして、パンツ。
下半身をスッキリ見せるパンツ、スカートは結構
高価ですから・・・。

ということで、パンツ類をどう売るかを検討中。
アドバイスがあれば、是非。

明日から二日連続でフリマ。

キャン太となぜこれほどまでに不細工なのか、由紀夫。



フリマ予定を追加して、8月16(土)/17(日)と連続で
実施することにしました。

場所:青森県営スケート場内。
時間:10:00~14:00

ということで、これから準備追い込みに入ります。
明日はkoroさんのお手伝いが。
映画祭赤字補填は、なんとか今回で終了しそうなので
がんばります。

カルティエの指輪を千円でゲット!

土砂降りの午後今日は土砂降り。雨は嫌いな由紀夫。



昨日の朝、北海道旅行から帰りました。
JR「はまなす」で、青森着5:39。
大変久々の寝台車だったので、あまり寝られませんでした。
私の地鳴りイビキが、人の迷惑にならないかと
気になっちゃったからかもね~。

「旅するライター」のkoroさんが企画・運営してくれた旅だったので、
私は大変に楽でした。
ありがとう! koroさん。

ところで、今回の旅での収穫は色々ありましたが、
まず、驚きの収穫がカルティエの指輪ですね。

八月十日に、ホテルニッコーノースランド帯広に一泊したんだけど、
そこで夜、フリーマーケットをやっていたわけ。
二階催事場で実施されていた恒例行事だという
バンド演奏付き「サマーフェスタ」の一環として
併設されていたんですよね。
フリマ好きの私としては、見逃すわけには参りませんわ~。

商品はもちろん雑多でしたが、
ふと見ると、オバサン達が群れている一角が。
そこでは中古の時計やアクセサリーが売られていました。
私は光り物好きなので、じっくりと吟味し、
時計1/指輪3/イヤリング1/ペンダントヘッド1
の六品を、合計二千五百円で購入。
その中に「カルティエ」らしき指輪があったのですが、
売子をしていたホテルの従業員は
「本物かどうかはわかりません」と言っていました。
試しに昨日、青森の貴金属・ブランドもの専門のリサイクルショップ
「ぎゃらりー妙心」に査定してもらったら、なんと本物。
「ラニエール」というシリーズでした。
18金ホワイトゴールドで10500円の値が付き、
表の店舗では、同じ指輪を49000円で売っていましたわ。
う~ん。
私って、ブランド物には全く疎いのですが、
光り物好きなのが幸いしたわよね~。
勿体ないから、売りませんでしたが。

デザインが気に入って買った男物の時計は、
「FOSSIL」というヤツで、極美品。
ネットで調べたら定価11000円代らしく、
これも大変お買い得でした。

また来年、これを狙って帯広に行きたいくらいですわ。
店員さんに聞いたら、フリマの商品は、
ここのホテルと、系列の「JRタワーホテル日航札幌」の従業員から
不要品を提供して貰った物だとか。
ただし、札幌のホテルではサマーフェスタがないので、
この二軒のホテル従業員が寄付した不要品は全て、
ここのフリマだけに出品されるのだそうです。

「値段付けをしているうちに、
値段の感覚がわからなくなってしまいまして…」
と、売子をしていた女性が言っていましたが、
だからフリマって面白いのよね~。



「君は福耳じゃないけど服尻だから」の巻

ラッコ科かも横顔は、ラッコ似の由紀夫。



Pink Tea Time 2000年3月号

2月24日(木)
 不幸のドツボにハマっている私は、現在、骨折で入院中というのはご存じの通り。私に激突したスノーボーダーの行方は、その後も杳(よう)として知れない。
「家を買ったら、二年は注意しろって言うからね。御祓いしてもらった方がいいんじゃないの?」
 と知人に言われたのは、去年の三月。中古の家を買い、引っ越しの三日後に階段から落ちて、私がギブス姿になった時のことだった。
 夫は直ちに賛成した。
「そうだよ! 新しい家の表札が出来たらさ、それ持って御祓いしてもらおう。ねッ!」
 いつもなら夫は、神も仏も信じない男だ。それなのにこんなことを言ったのは、自分も一月前、「おたふく」と「つづらご」のダブルで入院していたからである。
 まだ残っていた眉間の赤い「つづらご」痕が、大槻ケンヂにちょっと似ていた。
「そう、そうよねッ!」
 松葉杖をつきながら、私もニッコリ答えるしかなかった。
    
2月25日(金)
 今思えば、その「御祓い」が悪かったのではないか。「家の御祓い」と言えば誰だって神主を家に呼び、バッサバッサと御弊を振り回していただく、ありがたい風景を想像する。記念植樹なんかもしたりして(うそ)、費用もそれなりに必要だろう。
 ところが夫は違った。
 注文した表札が出来上がったある日の夕方、
「さあ、これから御祓いに行こうか!」
 と、ジャージの上下にゾーリ姿で夫は言うのである。『ラッコ温泉』にでも行くような恰好であった。
「ヘッ? こんな時間に? 予約でもしてるの?」
「何を言うんだ。御祓いなんて、ちょっとそこの神社で拝むだけでいいんだよ」
 「そうかぁ?」など疑いつつ、私も仕方なく、ジーパンのまま付いて行く。二人は完全に『ラッコ温泉』モードであった。
 夫は広田神社の賽銭箱の前に、出来たての表札を置いた。こんな二人だけの「御祓い」でも、せめて御賽銭だけはと、私が千円札を入れようとすると、そこで夫が絶叫したのである。
「アアーッ! 一体何をするんだッ! お賽銭は昔から、五円と決まってるだろッ」
 「そりゃ、あんまりでっせ」という私の反対を「いいの、いいの」と断固阻止し、私に五円玉を財布から無理やり出させる夫。私は、さらに仕方なく、チャリーンと五円玉を一つ賽銭箱に投げ入れた、その瞬間であった。
 待ってましたッとばかり、私の横に「ササッ! ピタリ!」とスリ寄って、パン、パンと合掌した夫・・・。そして自分は、一銭も投じようとしないではないか。
 他人が賽銭を投げた瞬間の御利益を、自分も一心同体となって享受しようというこの瞬間芸。誠に、あっぱれと言うほかはない。

2月26日(土)
 その三ヵ月後、お父様は亡くなった。年が明けて間もなく、私も骨折・入院という体たらくである。
 医者に外出を許され、家で見ていたテレビで、手相や福耳の話をしていた。ふと見つめ合う、夫と私。二人とも、気付けば幸薄い耳たぶをしている。すると夫。
「大丈夫。君は福耳じゃないけど、福尻だから」
 やかましいのである。賽銭を投げない男に言われる義理はないのである。
「災いは弱い者に及ぶって言うから、ペットを飼うといいのよ。ペットが身代わりになるんだって」
 とも言われたので、金魚を数匹飼うことにした。「賽銭五円事件」直後のことである。 しかし、金魚は身代わりになってヨロヨロと弱るどころか、今もピンピン泳いでいる。心なしか太ってもきたようだ。
 毎朝、金魚に餌をやる。金魚はバックバックと食らいつく。ふと思った。
 ひょっとして、私達が金魚を飼っているのでなく、金魚が私達を飼っているのではないかと。そして、私達が金魚の生贄となっているのではないか? と・・・。

2月27日(日)
 いや、思い過ごしである。
 それにイザ入院してみると、不幸な人は私だけじゃない。随分と不幸の上級者がいるということが次々と判明してきたのである(以下、仮名によるドキュメンタリー)。
 同じ病室のタマさん(30代)は、同居していた義父が一昨年、蜘蛛膜下出血で身障者に。それを毎日介護していたお義母さんが、去年ポックリ亡くなった。つまり、介護疲れね。
 困ったのはタマさんだ。彼女も働いているので、お義父さんを仕方なく施設に置くことに。ところが親戚はそれが気に入らず、絶交状態になってしまった。間もなく夫もナントカ病で入院。やっと退院したと思ったら、停車中のタマさんの新車に、雪で滑った車が追突・・・。
 怒濤の「椎間板ヘルニア妻」となってしまったのだった。
 さて、隣のベットのイヌガミさん(50代)は、家で転倒、骨折。これはよくある話だ。
 ところが、彼女を含めてイヌガミ家に来た三人の嫁が、全員、この一年の内に入院しているという。もう一人も骨折、もう一人は脳溢血で…。こりゃもう、呪われているとしか思えない。

2月28日(月)
 驚くのは早いのである。「不幸クラブ部長」のような人が、まだいたのだ。先日、「大安」を選んで退院したという、ツルカメさん(60代)がその人である。
 数年前に孫を一人、交通事故で亡くしたのが不幸の始まり。「料理は私にさせたことがなかった」という優しい夫も、6年前、癌でアッと言う間に他界した。二度も車に突っ込まれた過去がある長男は、現在リストラで失業中。昨年末には、次男が勤務先で骨折。その手術で長男が病院に付き添っていた夜、なんと隣家が火事を出したそうだ。
 その時、一人で家に居たツルカメさん。避難警告にあわてて飛び出し、消防車のホースに躓いてゴロッ!と転倒。今度は自分が足を折り、こうして入院したというのだ。結局家は無事だったが、状況的に隣家からの補償金は、一銭も出ない怪我なのだという。

2月29日(火)
 我等「整形外科・不幸クラブ」のメンバーは、お互いの不幸を一挙に語り合い、涙を流した。ギブスをさすり、シップを張りながら、さめざめと泣いたのである。そして、
「神も仏もありまへん」
 これが「不幸クラブ」の部訓となった。
 それなのに部長のツルカメさんが、わざわざ「大安に退院」とはどういうことか? 人間の弱さと不条理を、そこに垣間見てしまうのは、果して私だけであろうか。

やっと、8月号原稿完成。

あと35分でタクシーに乗り、
北海道へ出発だというのに、ようやく今、
Pink Tea Timeの原稿をメールしました。

ああ。汽車に間に合うのか。

ってなことで、13日まで留守にします。
学会(日本近代文学会)と、遊び。
koroさんと、一部合流します。

それまで、多分ブログ更新は出来ないと思います。
ではでは。

度重なる災い、一体私が何を・・・の巻

CIMG0983.jpgコイツのイビキもかなりひどい由紀夫。



Pink Tea Time 2000年2月号

1月27日(木)
因果はめぐる糸車。積善の家に余慶あり。人生楽ありゃ苦もあるさ、など人は言う。
 思えば去年の3月。家の階段からゴロッ!と転げ落ち、グギッ!と捻挫してギブス姿を披露したのは、一年前のことだった。
 その一ヵ月前には夫が病に倒れ、入院。私は健気に付添い、看病したので、例の階段落ちも看護疲れが原因だったかもしれない。
 11月には、不死身だったお父様がポクッ!と死亡。
 そして今、私は骨折で入院中である。
 スキー場で華麗な滑りを見せていた私に、スノーボード男がバギッ!と後方から激突。その後、男は逃走・・・。
 この度重なる災い。一体、私が何をしたと言うのであろうか。

1月28日(金)
「でも、どうするの? あなたのゴジラ・イビキ」 
 入院が決まって、夫が言う。
「ゲゲッ! そうだった・・・」
「常人じゃあ、寝られないと思うなぁ」
 夫によると、私のイビキは人間技とは思われないそうだ。
 明け方、「ゴゴゴゴォーー!」という轟音がするので、除雪のブルトーザーかと思ったが、季節は秋・・・。では地震か? 地鳴りか? と飛び起きたら、音源は隣でヨダレを流す私であったという話は、夫から何度か聞かされていた。
 しかし、そんなことを言われても、俄には信じがたい。自分では聞いたことがないのだから、これは夫が私の浮気を恐れての陰謀かも知れぬ。自分がゴジラ・イビキをかくとなると、そうそう他の男とラブ・アフェアという訳にもいかないからね。
 それに「広末涼子の姉」と世間も認める私だ。そんな楚々としたヒロスエ顔の私が、どうして「除雪ブル」や「地鳴り」の如きイビキがかけようか?

1月29日(土)
 これが、「イビキ六段」と恐れられるお母様なら話は違うね。だってお母様は、しばしば自分の強烈な一発で、ハッ!と目を覚ましているのだ。自らを驚かすイビキだから、これは認めるしかないだろう。
 それでもよく、亡くなったお父様とイビキのなすり付け合いをしていたよな。
 実は、お父様もメガトン級のイビキの持ち主であった。夜毎、二人のイビキ共演は凄まじいもので、自分のイビキで目が覚めたのに、相手のことを「うるさいッ!」と叱りつけ、またグウと寝るという醜い争いをしたものである。
 それを隣の勉強部屋で、宿題をしつつ聞いて育った私は、
「自分のイビキくらい、潔く認めろッ」
 と情けなく思ったものだったが・・。
 いや、そんなセピア色の思い出に浸っている暇はなかったのである。
 私の病室は二人部屋で、70才ほどの上品なご婦人、ハヤシさんと同室になった。
「私、もう年なので、夜中に何回もトイレに起きるの。うるさくてご迷惑をかけるわ」
 とハヤシさん。私は恐縮して言った。
「それが、そのぅ。私はこう見えて、ゴジラ・イビキをかくらしいんです」
「まあ、イビキくらい・・・。うちの夫で慣れてますよ。大丈夫、大丈夫。ホホホ」
「そうですかぁ。ホホホ」
そしてその夜、ハヤシさんの隠された強者ぶりが判明しようとは、さすがの私も予想だにしていなかった・・・。

1月30日(日)
「あにょッ! はにむにゅかッ!」
「!?」
 突然のハングル語のような声で、私はガバと目覚めた。「何事か?」と思えば、隣のハヤシさんが、まるで日常会話のような明快さで、深夜、独り言を言っているのである。明快ではあるが、意味不明であった。
 ハヤシさんは「寝言五段」であったのだ。 長い寝言にはイビキも混じっており、
「むにゅ・・・ガガガ・・んガッ!」 と、途中で「ガ行変格活用」が入ったりする。しばらく私は寝られなかった。
 翌朝の二人。
「妹子さんのイビキ、なんでもなかったわ。少し大きな寝息ってとこかしら。私の方こそトイレに立ってうるさくなかった?」
「い、いいえ。トイレは気づきませんでした・・・」
 まさか「あなたは寝言五段ですね」とは言えないまま夕方になり、仕事帰りの夫が、バタバタと病室に入ってきた。
「んもう、忙しくてバナナも食ってないよ。台所に黒いものがあるからさ、なんだろと思ったら、バナナが腐ってるわけ。それも2本も」
 あくまでバナナに固執する男である。
 食物を大事にするあまり、バナナを食べる順序まで私に指定していた男、夫。その夫が腐らせるほどだから、よほど多忙なのだろう。いっそ、忙しさの程度を「バナナ」という単位で計ってみたらどうか。一本腐らせたら「忙しさ=1バナナ」。二本腐らせたら「2バナナ」というふうに。
   
1月31日(月)
 そして翌朝。
「妹子さんッ! あなたのイビキ、夕べ凄かったわよぅ。宿直の看護婦さんもやって来たくらい。まだ若いのにねぇ・・・」
 ハヤシさんによれば、私のイビキは「ゴジラ」の名に恥じない破壊力で、しかも小一時間も続いたという。 
 実に無念であった。こんな形でイビキの実力が証明されようとは・・・。しかも、驚くべきは持続力である。
 ハヤシさんの高イビキも相当だが、さほど長続きはしない。「ガガガ・・」というやや低い助走が続いた後、一発「んガッ!」という大音量を出して小休止となる。
 ところが私の場合、「んガッ!」というクライマックスが「ゴゴゴーン!」という重低音を伴い、約一時間も続くとは、何としたことか。鼻の粘膜が、よほど強靱なのだろうか。
 こんなこと、私の楚々とした容貌からは誰も想像しないだろう。我ながら、そのポテンシャル・エネルギーに畏怖を覚えてしまう。
 夫に言うと、「言った通りだろ」と得意顔。
百円ショップで「イビキ防止用鼻栓」を買ってくると言うが、それを鼻に装着した寝顔というのも、すこぶるマヌケであろう。
 看護婦さんの反応が、気になるところである。

ポン太と内緒話?

借金

ポン太 「おい由紀夫。ちょっと100円貸してくれ!」
由紀夫 「またですか、ポン太さん」




彼女

ポン太 「実は明日、彼女とデートなんだ」
由紀夫 「え? この間、またフラれたって話じゃないですか…」



ははは

ポン太 「ハハハハ」
由紀夫 「ハハハハ」




黄昏れる

ポン太 「どうせ、オレなんて・・・」
由紀夫 「また、頑張ればいいじゃないですか」





何十年ぶりか、ねぶた観賞。

CIMG0986.jpg暫く見ないうちに、由紀夫より成長していたキャン太。


ねぶたは最近、ほぼ毎年見ていましたが、
路上に座って観賞したのは、何十年かぶりですねぇ。

「ねぶた見物は場所取り5年」というベテラン、koroさんと一緒に、
国道沿いで敷物を持ち、交通規制時刻まで待機。
おかげで最前列の場所取りに成功し、
二時間、ビールを飲みながら見物させていただきましたわぁ。

私としては、
JR(竹浪氏)とヤマト運輸(北村氏)のねぶたがベストですね。
ねぶた師二人は、この二台に勝負を賭けたということでしょう。
感動的な力作でした。

その後、英語友達と合流し、飲み会。
なぜか外国人ばかりが集まる、
普通の居酒屋Mで、飲んだくれてました。

アメリカ人の某先生は、
ヤマト運輸の跳人の中心人物として、盛り上げたらしく、
「二時間跳ねっぱなしだった」そう。
アメリカ人に跳人のリーダーとなられるようでは、
今後のねぶたを憂えてしまいますね。

というのも、今日の私の感想は、「跳人は、ただ歩いているだけ」。
これは毎年かもしれないけど、
跳ねている人はごく一部で、見ている私は退屈でした…。
私が座っていたのは、たまたま国道の曲がり角でしたが、
そこは、流れが留まる場所らしく、流し踊りも、自衛隊の踊りも、
全くパフォーマンスがない位置なわけ。
ただ、方向転換して立ち去るだけってかんじ。
どこのねぶた集団も、同じように歩いて進むだけの場所があるってのは、
どうかと思いますよねぇ。

いくつかのお囃子は、めいっぱい空間を使って、
観客側を向き、愛嬌を振りまいていましたが、
それは少数派でした・・・。
これって、どうよ。


草加せんべい四枚。

食べました。


先月のことです。
由紀夫は「最新のアレルギー検査」というものを受けました。
費用は35000円・・・。
その結果、由紀夫の食物アレルゲンは、
米とジャガイモの二つだけという結果が出たのです・・・。

去年、他の病院の検査で、由紀夫のアレルゲンは
「鶏肉、米、牛乳(その他たくさん)で、ジャガイモはOKだ」
言われていたのですが、先月、今行っている病院の先生には
「実は、鶏肉も牛乳も大丈夫で、米とジャガイモだけが
食物アレルゲンだった。結構珍しいケースだ」
と言われていたわけです。
これも本当なのか否か、にわかには信じがたいですが
とにかく親心としては、最新のアレルギー検査をしたかったわけです。
以前の検査結果を受けて気をつけるようになって以来、
かなり痒がらなくなりましたが、まだまだ完全ではないので・・・。

とにかく先月から、米とジャガイモを与えないよう、
細心の注意を払っていました。しかも
これら二つが入っていないドッグフードは、大変少ない。
なぜか殆どのフードに、どちらか入っていますからね。
適切なフードを見つけるのに、大変な苦労をしました。

そして、今日。
米・ジャガイモ抜きの生活から、約二週間が経っていました。

来客があり、居間のテーブルには
草加せんべいと個別包装のチョコレートクッキーが上がっていました。
暫くして、私はお客様を送るため、由紀夫を居間に放したまま、外出。
いつもは、由紀夫用の小部屋に閉じこめて外出するのですが、
今日は蒸し暑さのため、今年初めてエアコンを使用。
由紀夫を部屋に閉じこめたら、さぞや暑いだろうと同情したのです。
これも親心でした。

三十分後、帰宅。
なにやら部屋中に草加せんべいのニオイがするなぁとは思いました。
でも、特に気にすることもなく、
由紀夫に「大人しくお留守番したご褒美」のバナナをあげました。
由紀夫はいつも通り、バクバク食いました。
まるで一日何も食べていなかった犬のように、バクバクくったのです。
いつも通りに。

しかし、その後、由紀夫の様子が変でした。
なにやら物陰に隠れるのです。
居間を出て、廊下に移動し、ドアの陰に隠れて、
そっと私を観察するかのように見ているのです。
暗闇から・・・。

ふと見ると、座布団の上に、
個別包装のチョコレートクッキーが転がっていました。
「おかしい! なぜ、クッキーが座布団の上に?」
しかも、ビニール包装されたクッキーは、中で粉々に砕けています。
外目からは分かりませんが、これは、誰かが中身を食べようとして、
結局ビニールの包装を開けられなかったとしか考えられません。
そして、一生懸命開けようと格闘している最中に、
何かの理由でそれを諦め、そのままクッキーを放置して
逃亡した残骸に違いないのです。

でも、一体誰が・・・?

その時です。
テーブルの上の菓子盆の中に、私は目をやりました。
菓子盆の中には、残りのチョコレートクッキーの包みが
さっきと同じ状態で綺麗に残っています。
しかし、何かが足りない・・・。
そうです!
直径10?はある草加せんべいが四枚、
忽然と消えているではありませんかっっっ!
あの、大きな草加せんべいが、四枚・・・。
そして、さっき取り替えたばかりの、
薄水色の夏用座布団カバー三枚には、
草加せんべいの醤油のシミが、クッキリと・・・。

「由紀夫っ!」

次の瞬間、由紀夫は暗闇の中、
パグとは思えない素早さで、サッと姿をくらましました。

私は焦って、草加せんべいの原材料名を確かめました。
真っ先に書かれていたのが、「うるち米」。
・・・・・。

なぜ、なぜ、よりによって私は、草加せんべいをそのままに・・・?
しかもなぜ、よりによって、今?

ああ、これが三時間前ならば、座布団カバーは薄水色でなく、
濃緑だったから、醤油の色など全く分からなかったものを・・・。

ゆ、ゆ、由紀夫。
お前って奴は、一体・・・!







「報道ステーション」の現場見学。

CIMG0966.jpgこれは「伏せ」。でも「伏せ」状態が長続きしない由紀夫。



先日、テレビ朝日「報道ステーション」の現場を、
見学させていただきました。
図々しくも番組担当のK氏にお願いし、
私と友人の二人でおじゃましちゃいましたわ。

本番前は、使用スタジオの見学。
浅緑が基調の、水が張られたセットは、
古舘伊知郎さんの好きな写真家の作品を元にしたとか。
水があるのは、風水に興味がある古舘さんのアイディアだそうです。
ふ~む。
風水って色々なところで使われているのですねぇ。

本番中は調整室で見学。
ここは本番中に、デスクが指示出ししたり、モニターや機材がある所。
「おいおい、しゃべりすぎなんだよ~」
「あと10秒で纏めてくれ!」
「はい、ニュース12と13を落としましたっ!」
「え~~っ」
などの言葉が飛び交う現場は、超厳しいの一言です。
よく、生放送なんか毎日やってますよねぇ。

古舘さんと河野アナは生で見られませんでしたけど。
松岡修造さん(でかい!)、武内絵美アナ(小さい!)
富川悠太アナ(イケメン!)を見ました。
ラッキー!

放送終了後は、私達二人を、
近くの居酒屋に連れて行って下さったKさん。
私は翌朝早いので、「ちょっと一杯」のつもりだったんですが、
結局、朝の三時過ぎまで飲んでしまい、
ホテルに帰ったのは三時半・・・。
その夜の私の睡眠時間は、結局二時間四十分!

いつも、「タフだ」とか「信じられない体力」とか言われる私ですが、
実際、そうかもね~。
とにかく、楽しかったわ~。

Kさん。どうも有り難う御座いました。

6月13日の花嫁たち

行儀は良し散歩していると、通行人に、いきなり爆笑されることもある由紀夫。



Pink Tea Time 2008年7月号

七月十一日
 親族の結婚式で札幌に行った。式は六月十三日の金曜日、友引。
 六月の花嫁は幸福になると言うが、なぜよりによってこの日なのかと疑う人は少なくないであろう。しかも挙式会場は瀟洒なキリスト教会…。いくら新郎の実家が、神道を信仰する氏子の家であるとはいえ、キリスト教の「十三日の金曜日」は知っていそうなものである。
 内心、そう訝しみながらも、大野家からは御母様と私が二人出席した。教会での結婚式に出るのは二度目だが、今回も、まるで韓国ドラマの一場面のようにロマンティック。しかも新郎新婦は揃って美しく、出席者全員に、ヨン様とチェ・ジウを彷彿とさせたと言って過言ではない。

 …夜の散歩。神聖なパイプオルガンの音に誘われ、ユジンとチュンサンが教会に入っていく。教会では結婚式のリハーサルが。その後、聖母像の前に跪き、愛を誓う二人。

マフラーを巻いたチュンサン「愛する人と、その人に似た子供達のために、僕が暖かい手となり 丈夫な足となりたいのです。愛しています…」
ユジン「…(涙目で頷く)チュンサン…」
BGM 「~ネガ~オポシッポイッテマダノン。ナ~ル、ウ~ロボリゲマンドゥニカ~ァ」

私「…ってなことに、うまいことならないかしらねぇ」
御母様「おや、妹子。どうかしたのかい? もうじき、披露宴が始まるよ」
私「おっ・・・」

 さて、続く披露宴。
 幸せいっぱいの二人を代表し、挨拶をした新郎の言葉に、私はこの上もなく深い感銘を受けた。
「僕の花嫁は、世界一です。世界一の花嫁を貰って、僕は幸せです!」
 その時、私は密かに心の中でつぶやいていたのである。
「…十五年前の六月十三日、実は私も結婚したことがあったのよねぇ」

七月十二日
 全くの偶然であるが、六月十三日は私のかつての結婚記念日であった。勿論、その後、離婚に至ろうなどとは、夢にも思わず結婚したのである。つまり私も、過去には幸福を約束されていた花嫁であったということだ。
 それにしても、六月の花嫁は幸せになるなどと、一体どこのドイツが言いだしたのか。月毎の離婚率統計を見せてみやがれッ!というのが、今の私の正直な感想である。
 帰宅後、梅子様にその話をすると、
「ほほほ、妹子さん! Sさんもこう言っていましたよ!」
 Sさんとは梅子様の知合いで、数年前に恋愛結婚したそうだが、最近しみじみこう語ったというのだ。

Sさん「私、最初はこの人と片時も離れたくないって思って結婚したんです。でもそのうち、夫は週に一度だけ帰ってくれればいいかなって思うようになったのは何故なんでしょう」
梅子様「ほほほ、皆、そんなものですよ」
Sさん「そしてそのうち、夫は給料日に帰るだけでいいやって思い始めたんです」
梅子様「ほほほ、わかるわかる」
Sさん「でも、私、最近思うんです。『文通結婚』も有りだなぁって」
梅子様「ほ…」

 人生には不思議が満ちあふれている。その不思議の中に、「同じ過ちを、何度でも繰り返す」ということが、ぶっちぎりの一位でランクされるのではないだろうか。
 もちろん今回の新郎新婦に、私の元結婚記念日の事などは語らなかった。二人の幸福を、心から祈るのみである。アーメン。

七月十三日
 ところで「同じ過ちを、何度でも繰り返す」という人生の不思議は、私の人生の中でも数え上げればきりがないが、その中に、
「締切りの前の日でないと、原稿が書けない」
 というのがある。
 いや正確に言えば、今月のこの原稿は、もうとうに締切りが過ぎているのではないか。っていうか「グラフ青森」の場合、本当の締切りはいつなのかということさえ、私は本当に知らない。大概は、敏腕編集者F氏からの電話の、
「あの~、原稿の方、宜しくお願いしますぅ~」
 という、本当に判で押したような台詞で「ハッ!」と我に返り、「ガバッ!」とパソコンに向かうという図式になっているのである。
 他にも、毎晩「明日は十分早く起きる!」と誓って寝ても、毎朝ぎりぎりまで寝ている。「明日こそは絶対早く起きて、朝のうち原稿を仕上げる!」と思って寝ても、起床時間はいつもと変わらない。そして結局深夜に、焦って原稿を書いている。また、「今週こそ、台所に汚れた食器を溜めない!」と誓っても、三日後の流しには食器があふれかえっている…など、情けないことこの上ないという状況だ。
 そんな私が、この『Pink Tea Time』を十六年以上、一度も休まずに書いてきたという事実は、考えてみれば凄い。これも全て「締切り」の成せる技である。だから、誰か私に「あの~、食後の皿洗いの方、宜しくお願いしますぅ」
 と、毎日電話してくれれば、台所も片づくのではないかと思うのである。
しかしこれは、同居人から言われるのでは決して駄目だ。例えば、夫になんか言われたら、超ムカツクだけなのである。
先日も、ある中年夫婦と話していて驚いた。二人ともフルタイムで働いているご夫婦なのだが、奥さんが、
「休みの日、夫は何もやらない。お茶も入れない」
 とこぼすと、旦那さんは、
「あれ? お前、家事は好きでやってるんだと思ってたけどな」
「・・・・」
 これで結局、熟年離婚に至るのである。世の中の男一般に見られる、恐るべき想像力の欠如。そして世の中に、「文通結婚」願望が蔓延していくのである。
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