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「ホモ」で、意見が一致。

P1000494.jpg 
今日、コイツに顔をひっかかれ、大切な顔にミミズ腫れが…。
恩を仇で返す男、由紀夫。 ようちえんで何を習っとるんじゃ、オリャ~!




今日、大学で、三島由紀夫の勉強を久しぶりに再開。
Y先生に、『奔馬』の構成表を見て頂きました。

それにしても、小説の解釈はそれぞれですね。
私は、この『奔馬』を一文で要約するなら、

「純粋な死」に憧れた青年が、その憧れを実現させた物語。

だと思うんですよね。
でも、Y先生は、

「夢を実現できずに死んだ青年の物語」

だと思ったと仰る。そして私は、
槇子が勲をコントロールしていて、
勲を手に入れるために
勲のテロを密告し、投獄に導いたのだと思うのですが、
Y先生は、それに疑問を持たれる…。
う~ん。
この解釈の対立をどう導くかを考えていくと、
綺麗な答が出てくるんですよね。今までの経験からすると。

いずれにしても、
物語の語り手とも言える本多繁邦は「ホモだった」
という点で、二人の意見は珍しく一致しました。
めでたしめでたし。

いや、実は全くめでたくはないわけ。
Y先生は、

「今の状況なら、論文は書けないね。
次に来るときは、もっと方針を固めてきて」

と、鋭く仰る。
すみませ~ん。トホホホ。





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猛勉強? 中。

P1000424.jpg 「かわいい」と皆に言われ、最近付け上がっている由紀夫。


世の中、ゴールデンウィークで、
皆さん楽しく過ごしていらっしゃるらしいですが、
私は、勉強中。
延ばし延ばしにしていた、『奔馬』の要約文を書いているところです。
連休中に終わらせるには、
一日のノルマ70ページ。
でも早速、初日、70ページまでも行かない所にある、
例の「神風連史話」で、挫折・・・。
トホホホ・・・。

結局、そこをすっ飛ばして、次の章から再開しました。

それにしても、この三島由紀夫という男、
「死」という観念が大好きだったんですね~。

まさに今、桜の季節。
花と散った三島にぴったりの季節に、
こんなことをしているのも、何かの運命かも・・・。


『豊饒の海』を読んだという人の感想。

画像 002
写真を撮られるのは好きな由紀夫。理由は、ご褒美が貰えるから。



今日、『豊饒の海』を三年前に読んだという男性Yさんと
話す機会がありました。
Yさん、三島由紀夫が大好きで、作品は全部読んだのに、
『豊饒の海』だけは、どういうわけか読む機会がなかったそうです。
三年前にようやく読むことができ、

『春の雪』と『天人五衰』に感動した

と仰ってました。また、

奔馬』はまだなんとか読めるが、
『暁の寺』は嫌いだ・
・・。

とも。 そして、

「『春の雪』は、晴らしい恋愛小説だった。
清顕の恋は、失ってから気づくというパターンの、
本当の恋心だったのでは?」

「『天人五衰』のラストシーンは、
タイトル通りの仏教的な解釈が妥当だと思った」


というのが、Yさんの感想。

う~ん、そうですかねぇ。
私はそうは思わないわけ。
男の解釈って、やっぱり甘いよね。

「男の浪漫、女の不満」

ということで、結局この話は纏まるのかなぁ?
と痛感したんですけど、どうでしょう。





大和邪魔爺さんのブログ。

画像 007 
凛々しい表情の由紀夫。でもよく見ると、
餌を真剣に見ているだけ。(左上が私が持つ餌)





3月6日の「ももちゃんの散歩」記事に
コメントを下さった、大和邪魔爺さんのブログが
素晴らしい! 感動しました。

先日バスツアーに参加した時に、たまたま隣席だった方なのですが、
「神仏霊場 巡拝の旅」というブログを書いていらっしゃいます。
そこには、先日のツアーリポートが詳細に。
寺院の由来やら美しい映像やらを
実に丁寧に調べて載せてらっしゃるんですよ~。
確かにお話をしていて、かなりの知識をお持ちだとは思っていました。

特筆すべきは、もちろん私が目的としていた
非公開の寺「円照寺」。
映画『春の雪』がそこでロケされたのはご承知の通りですが、
DVDの映像まで取り込んでいるので、
私たちが撮影できなかったご本尊の如意輪観音はもちろん、
本殿や本殿から見た庭の広がりなど、貴重な映像が見られます。
素晴らしい。その手が有りましたね!

興味がある方、是非ご覧下さい。
同日のコメントの「URL」をクリックしてください。
私も「隣席の才女」ということで、登場しています。
ふっふっふ。
ありがとうございます、大和邪魔爺さま。
続きを楽しみにしています。





月次屏風。

画像 033
本堂を庭から眺めたところ。この庭は、例の「広大な南の御庭」とは別。



円照寺には「月次(つきなみ)屏風」も、実際にありました。

本多が門跡と面会するのを長らく待たされた部屋に、
「狩野派の画風に大和絵風の色彩を加えた月次屏風」があると
描写されているのですが、それに相当する屏風が実際にあったんですよね。

右から左へと、春夏秋冬の移り変わりを順に描いた屏風を「月次屏風」と言うらしいのですが、
それがまた、小説の中では神秘的な演出になるわけです。
つまり時空を一気に飛び越えたような、
あるいは、何が現実で何が夢なのかがわからなくなるような雰囲気を
醸し出します。
『春の雪』の終わり部分、一ページに渡ってその図柄の描写があります。
今回は、『天人五衰』の本しか持っていかなかったので、
実際のものと小説の描写とが、ほぼ同じなのか確認できなかったのは残念。
写真も撮れなかったし・・・。

ちなみに、他のツアー客はその屏風には見向きもしませんでした。
う~ん。
四十年前、三島もこの屏風を見たんだねぇ、と思うと感動。


画像 024
「広大な南の御庭」の一部。


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