スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Pink Tea Time  2010年9・10月号

25日
私の手を枕に熟睡する由紀夫。暖かくて盛上がっていれば、枕になるらしい。


異常なのは夏? それとも日本? 矛盾した暑さ対策

Pink Tea Time  2010年9・10月号
(注:二ヶ月前、これをアップするの忘れてました。)

九月十七日
 百年に一度という猛暑の今夏、私が出した結論は、
「短パンビズを流行らせろ!」
 ということである。
 長ズボンは、暑い。暑すぎる!
 日本全国で連日三六度を超え、全身汗だくになって働いているのに、なぜ男共は長いズボンを、いつまでも穿いているのかと思うのである。
 幸い、女にはスカートがある。「アッパッパ」の再来のような、締め付けのないワンピースも今年は流行った。見た目にも涼しいし、実際も涼しい。要するに、女は賢い。だのに男はなぜ、いつまでも長ズボンに拘るバカモノばかりなのか?
「わが社はクールビズを実践しています」
 と誇らしげに語る会社も、男が短パンを穿いている会社はない。生ぬるいのである。
 全国的に「短パンビズ」を推奨し、流行らせるために、まずジャニーズ事務所の「嵐」全員に短パンを穿かせたCMを作る。短パン姿で、桜井君がバンバン仕事をする映像を、ネットやテレビで流しまくるのだ。
少し上の年齢層向けCMは、やはり松岡修造だろう。修造に短パンスーツを着せ、テニスをさせるのだ。
次に、日本国民の範となるため、国会議員は全員、短パンで会議に出席してもらう。靴と靴下も暑苦しいので、裸足に雪駄かサンダルだろう。しかし普通のサンダルだと、有事や災害時に対応できないので、履物に踵が固定できるようなデザインでなくてはならない。もちろん女性議員は全員「アッパッパ」。夏季は短パンかアッパッパでなければ国会に出席できないという厳しい条例も整備してほしい。
以前、私がミラノに旅したとき、ある教会で入場を断られたことがあった。理由は私が短パン姿だったからで、露出の多い服装は、宗教上の理由で不可だったのである。わざわざ海を渡って来た客にも、これほど厳しい規則があるのだから、国会にこれくらいの条例があっても、国連に批判されることはないだろう。
それができないなら国会は、国会議事堂で冷房に費やす電気料を、明確に発表してもらいたいと思う。

九月十八日
とはいえ、
「俺の毛ズネを見せるのは、逆に暑苦しくないか」
 と懸念する男もいるだろう。私個人は、全く気にならないが、気にする人にはメンズエステがある。
 私も長年、針金のような剛毛の毛ズネに悩んでいたが、その後のエステ通いで「永久脱毛」に成功した。毛が多い男性は、面積が広い分、エステ費用もかさむかも知れないが、温暖化を食い止めるため、そのくらいの痛みには耐えてもらわないと困る。
 それに、短パンビズが標準化すれば、男の脱毛が流行り、エステ業界はもちろんアパレル業界にも新たな市場が生まれる。経済の活性化に繋がるだろう。
 私は長年、「股引全国普及委員会会長」を自任し、股引普及のために活動してきた。しかし今後は、「短パン普及委員会」も設立せねばなるまい。冬は股引委員会で、夏は短パン委員会。
ああ、なんて忙しいんだ!

九月十九日
 この夏、さらに激怒したのは、冷やし中華が食べられなかったことである。これも一体どうしたことか。
 いや、メニューにはある。確かに、ある。
 しかし、猛暑ゆえに冷やし中華が食べたくてラーメン屋に入った途端、寒くて寒くて、とてもじゃないが冷やし中華など食べられないことに気づくのだ。そしてついつい熱い味噌ラーメンを頼んでしまう。
 こういった経験は一度や二度ではない。そのせいで私はここ数年、冷やし中華を食べていない。
 生ビールも然り。蒸し暑い職場で、
「今晩は居酒屋で、ビールと枝豆だ!」  
と決心をしていても、居酒屋は寒くて生ビールが飲めない。考えてみると生ビールをよく店で飲むのは冬が多いことに気づく。
そういえばこの夏、「アッパッパ」と共に流行ったのは「夏おでん」だという。職場が寒すぎて体が冷え切ったOLが、コンビニで夏おでんを買うのだとか。世の中、本当にどうかしてないか。
近所のドーナツ屋の冷房も猛烈に強い。私は閉口し、トイレに行って暖を取ろうとしたら、トイレにも冷房が効いていた上、なんと便座ヒーターが熱かった。これはブラックユーモアかと思ったのである。

九月二十日
 この機会に、私が今年の猛暑で愛用していたものを挙げてみたい。

①保冷剤
 ケーキなどに付いてきた物の再利用。
職場にはエアコンも扇風機も無いため、タオルで保冷剤を巻き、首の後ろや背中、お尻に当てていた。気温が35度を超えた日、大きな保冷剤を二つ横に繋げて首に巻いていたら、
「おや妹子さん、むち打ち症ですか」
 と言われたりした。
 由紀夫の散歩帰り、保冷剤で脇の下などを冷やしてやると、ヘロヘロ状態が少し治まる。パグは暑さが苦手なので、暑さ管理が大変。

②氷枕
 これが最高に涼しい。氷を多めに入れると朝まで充分冷たいので、エアコン・扇風機無しでも朝までぐっすり。枕の中の水も、打ち水や洗濯に使い、リサイクルを心がける。

③麻百%の敷布
シャリシャリ感が素晴らしい。厚手の麻ならなおよい。二枚目が欲しかったが、デパートには無く、通販で買った敷布はペラペラに薄くて、あまり涼しくなかった。ちなみに、間違って冬にこの敷布で寝たら、大変に寒かった。

ところで、猛暑対策に有効と思われるものに「軒先の霧吹きホース」(?)があるが、どこかで売っていないだろうか。
米アリゾナ州の知人の家では、庭に面した家の軒先に、雨どいのようにホースが設置されていた。そのホースの細かい穴から霧が噴射され、大変涼しい。暑い日にはその噴霧器で、庭の飼い犬を涼ませていた。
またアリゾナ砂漠の植物園では、「霧吹きサービス係」がいた。植物園の職員が噴霧器(もちろん、中身は水)を背負いながら巡回しており、途中で会った見学者に霧をかけてくれるのだ。熱中症対策である。
私も由紀夫の散歩用に是非、一台欲しいと思っている。由紀夫の暑苦しい顔に、霧をかけながら散歩するのも一興かと思うが、どうだろうか。


スポンサーサイト

大きなダイヤをはめた党首が掲げる桃茶党的「公約」

0824 003




Pink Tea Time 2010年 八月号

大きなダイヤをはめた党首が掲げる桃茶党的「公約」


七月十九日
一体、どうしたことか。寛容にも程があると思うのは、私だけなのか・・・。

 私は最近、巨大なダイヤモンドの指輪をはめている。一・七カラットだから、小豆よりも大きい。四年前、離婚記念にお母様と御姉様から買っていただいたものだ。
 質流れ店で買ったとはいえ六十万近かったから、新品なら軽く百万は越える。ゴロッと大きく、ギラッと光るから、著しく目立つ。私の周囲に、こんな大きなダイヤをはめている人は、美輪明宏くらいだろう。だから日常の着用には少し気が引け、特別なときにだけ、こっそりとはめていたのだ。
 しかし先日、思い直した。私だってあと何年、元気でいられるかわからない。明日には心筋梗塞で、コロッと逝くかもしれないのだ。
それに、たかが指輪だ。左右の指十本全部に十個の指輪をはめるとか、足の親指にはめるとかならまだしも、手の指一本に一つはめるくらい、別にいいじゃないか。グラスの底に顔があってもいいじゃないか、という了見になり、思い切って職場にはめて行ったのである。
 すると、どうだろう。実に意外な反応があった。
 誰一人、何も言わない。
 職場に限らず行く先々で、会う人会う人、誰も何も言わない。かれこれ二ヶ月になるのに、誰一人、この指輪のことを言う人はいないし、じっくり見る人も皆無なのだ。一体これはどうしたことか・・・。
私は考えた。実はこの指輪に、誰も気がついていないのではないかと。
しかし、それほど目立たないのなら、何のために大金を払ったのか分からない。
それとも大きすぎるから、ガラス玉だと思っているのか。だとすれば、またもや何のために六十万円払ったのかわからない。
確かに私は、自分の服装や髪型についてコメントされるのは嫌いだ。
「今日は上下、ストライプ柄だね」
など言われると、だからどうしたと言いたくなるし、美容院に行った翌日に、
「髪切った?」
と言われると、この人は、
「いや、これカツラ」
という類の返答を期待しているのか、などと、深く考えてしまう。
 しかし、これほど目立つ指輪を意を決してはめたのに、無反応とは肩すかし。
 そして私は逆に不安になった。以前、職場で、私の鼻から鼻毛が出ていたのに、誰も言ってくれなかったことを思い出したのである。
 そりゃ無いだろうと思った。誰かが早めに注意してくれれば、その後会う人物に、私の鼻毛を見られることもなかった。例えば、焼きそばを食べた後など、友達に、
「あ、歯に青ノリついてるよ」
 と注意してあげることがあるが、世の中そういうもの。持ちつ持たれつではないか。
 ここの職場の人々は本当に大丈夫か、信頼していいのだろうかなど、不安になる今日この頃だ。

七月二〇日
 とはいえ、過去の「鼻毛露出事件」など、もうどうでもいいのである。
参院選も終わったが、もし私が「桃茶党」を立ち上げ、国会議員に立候補した曉に、是非実現させたい法律が二つある。それは、子どもの名前を全て平仮名にする法律、そしてペット手当法、以上である。

【一】子ども平仮名命名法
 最近の子どもの名前は本当に読めなくなってきている。ルビ無しで読めるのは、全体の半分くらいではないかと思うくらいだ。例えば先日、「信太」と書いて「しん」、「岬」と書いて「みさ」等という名前に出くわしたが、親類縁者以外は絶対に読めない。
また、二〇〇八年某社で発表した名前ランキングトップ3に入っていた「大翔(ひろと・はると)」「陽菜(ひな・はるな)」等だが、これも読めない。その他、「天使(みかえる)」「絆(はあと)」など、冗談のような名前もあった。これはクイズか、ということである。
 しかも、読めない名前を読み間違え、本人や親にクレームを付けられた、また誤変換で書類が間違っていたとき、親に、
「考えて付けた名前なんです! この書類、直してください!」
 と厳しく責められたという経験が私にはある。そんなに私が悪いのか、ということである。
読める名前でも珍しい漢字や当て字のような用法が増えており、ワープロ変換が大変難しい。入力に膨大な時間と労力を費やすので、大変に迷惑である。
そもそも言葉は他人に何かを伝える為にあるのだ。読めないということは言葉の使命の大切な部分を失っているし、内輪だけの暗号であり、社会性が全くない。多くは親の一方的な願望や趣味、自己満足の世界だ。
しかし、だからと言って「るぱん」「みるく」等の平仮名名前も困るよな。とにかく子どもは親のペットでない。誰かが「親権乱用」に歯止めを掛けるべきである。

【二】ペット手当
「子ども手当」「高校授業料無償化」など、子どものない私には腹立たしい政策が論議されている。そんなことに国家予算を使うなら、小学校の一組の定員を二十人にすべきだと思うのは私だけなのか。
それにしても私のような独身者や子どものない夫婦、一人暮らしの老人など、子ども関連の優遇措置を受けない人は今後確実に増える。よって「ペット手当」を支給すべきだと思うのだが、どうだろう。
以下、ペットの利点をいくつか。

①独身者や一人暮らしの老人を癒す。
②ペットの世話をすることで、生活にハリや生き甲斐が生まれる。
③すると孤独による鬱病が減る。
④規則的な生活と運動が、メタボや生活習慣病予防となる。足腰も強くなる。
⑤病気が減ると(個人と国家双方の)医療費も減る。医師不足対策にもなる。
⑥犬の散歩は、犬を通じた近所付合いを密にする。
⑦それが町内の防犯に繋がる。
⑧町内「私のワンニャン自慢」大運動会など実施すれば、老若男女が集う機会が出来る。
⑨そこで男女の出会いができ、結婚に繋がる。
⑩動物愛護センターで処分される犬猫の里親制度などを充実させることで、殺処分数を減らすことが出来る。

ざっとこんな具合。
そもそもペットは、携帯電話や化粧品、ゲームに金を使わないので、子ども手当よりはるかに有効に税金を使える。特に現在の日本社会では、⑨番が重要な利点となってくるのは間違いないだろう。
現在も私は由紀夫のパパを強力募集中。結婚式には由紀夫を真ん中に、記念写真を撮りたいと思うが、興味がある人は是非、グラフ青森まで。

毎晩何処へ? 昼と夜の顔を持つ猫の巻

P1000546.jpg
コイツのために、エアコン(17年前の物)を買い換えるか否か迷っているわけ。
私はいらないんだけどね、エアコンなんて。




Pink Tea Time 2010年5・6月号

毎晩何処へ? 昼と夜の顔を持つ猫の巻

三月十日
あれは去年の春。桜も散ってしまったある日の、夕暮れ時のことである。
由紀夫が通う「犬のようちえん」付属動物病院の待合室で、ふいに声をかけられた。

「妹子さん・・・」

振り返ると、腕組みをして床に目を落し、呆然と座っていたのは、Aさん(四十代男性)であった。
Aさんは去年までの同僚である。顔を見たのは久しぶりだったが、あまりに呆然としているので、何か不幸があったのかと思って聞いてみると、

「いや、猫の予防接種に来ただけだ」

 と、やはり床に目を落したまま、ボソッとつぶやくのである。
 別に不幸がないなら、なぜ下ばかり見ているのか。百円玉でも落ちているのかと思ったが、そうでもない。
なんて暗い・・・と私は思ったものの、そういえばAさんは、いつも暗い顔で呆然としている人だったと思い出した。
隣の椅子に置いたクレートには、確かに猫が入っている。クレートを挟んで座っているのはAさんのお母さん。お母さんの方は、呆然としたAさんとは打ってかわって、きびきびとした話好きな人物であった。

「へえ猫飼っていたんですね」

Aさんはやはり、床を見たままだったが、お母さんが色々と、この猫について教えてくれた。それが大変に興味深い話だったので、是非ともここに書き留めておこうと思ったのである。

三月十一日
 その猫の名前は「アカ」、多分十六才。
なぜ「多分」かと言うと、アカがAさんの家に来てから十六年年経つからだと言う。
ところがこの猫、普通の飼い猫ではなく、野良猫なのだとか。

「え? 野良猫に予防接種ですか?」

私が少し驚くと、お母さんはさらに驚くべき話をする。
アカはAさんの家で、毎日三食、元気にメシを食べて十六年になり、予防接種も毎年欠かしたことはない。ところがアカは毎日、夜になると必ず姿をくらます。つまり十六年間、夜は家に居たことがないと言うのである。

「ジュ、ジュ、ジュウロクネンカン?」
 
私は驚きを隠せなかった。なんたって十六年間、毎晩外泊である(ちなみに十六才だから、高校一年生になる猫ということである)。そんな歳になるまで、出ていく猫に文句も言わず、黙って三食昼寝付きだ。素晴らしい厚遇である。世の中にこのような大甘の親が居て、いいのかということである。
しかも、である。もっと驚くべきことが、次の瞬間明らかになった。Aさん親子は、アカが毎晩、一体どこで寝ているのかを知らないのだと言う。
 お母さんは不思議そうに、こう語る。

「雨の日でも、決してアカの体は濡れていない。だから、きっとどこかの家で寝ているんじゃないかと思うんだけどね」
「う~ん…」

私はある種の感動を覚えた。この「アカ」という猫の人生(?)に感動したのである。

三月十二日
 例えば、である。
れっきとした妻子がありながらも、脇(わき)に同棲している女がいる。そしてその女は、一緒に住んでいる男が、まさか既婚者だとは夢にも思っていない・・・。
こんな二重生活をしている男のケース、たまにあるよね。
実際、私の知合いがそうであった。

「もの凄く優しい人でしたから、奥さんから電話が来るまで、信じられませんでした…。私、男運が悪いんです。騙されたんです」

と、半分あきらめ顔で語ってくれたことがある。

 私は、想像してみた。ひょっとして、この猫の「アカ」は、夜になるとどこかの飲み屋で「アオ」とか呼ばれているのではないか、と。そして、飲み屋のママに、
「アオちゃ~ん、ほら、大間のマグロよ~」
「ふふふふ、アオちゃん! 今日は、豊杯の生酒もあるわ~」
などと猫かわいがりされ、酒池肉林の毎日を送っているのではないか・・・などと想像してしまったのである。
いやいや、アカは別に、飲み屋で遊び暮らしているわけではないかもしれない。どこかの警備会社で夜警の仕事をし、しっかりと自分の妻子を養っているのかもしれないのだ。しかも十六年だから、養っている妻子も一組どころじゃない。四,五組あるかもしれないよな。
いやあるいは毎晩、アカはイカ釣り船に乗って漁をしているのかもしれない。イカ釣りは夜が勝負だからね。冬は寒いよ~、イカ釣り船。コタツで丸くなるのが当たり前の猫には、辛い商売だ。偉い偉い。
いや待てよ。違う違う。だって雨でも体は濡れていないんだから、やはり漁船ではないな…。じゃあ、どうやって5組の妻子を? 
いずれにしても、三食食いだめしてるのは、食費節約だな…。
など、アカの二重生活を想像し、大変に感動してしまったのだ。

それにしても凄いのは、実はアカではない。アカよりも、このAさん親子ではないか。猫に行く先も聞かず、ただ利用されているだけのAさん親子って、一体?
そして、アカの後ろを深夜に追跡し、正体を突き止めてやりたいと思うのは、私だけなのか?


私を激怒させるハリウッドの最強コンビ。

P1000401.jpg


Pink Tea Time 2010年3.4月号

私を激怒させるハリウッドの最強コンビ。


 最近は、弘前市のフリーペーパー「VITA」にも、コラムを書かせていただいている。前回書いた「Nozacc」の姉妹紙だ。人間、長く生きていれば何か良いことがあるものである。本当にありがたいことである。
コラムは題して「妹子の映画喫茶」。独断と偏見と毒舌で、勝手に映画評を書いている。そしてその関係で十年も前から気にかけていた『アンブレイカブル』を、遂に見る機会を得たため、今回是非ここに感想を述べておこうと思いたったのである。
二〇〇〇年公開の米映画『アンブレイカブル』。主演はあの、ランニングシャツと胸毛が目印の大物俳優、ブルース・ウィリスだ。そして私がなぜ、この映画をずっと気にかけていたかというと、話はその前年(一九九九年)に公開された『シックス・センス』(B・ウィリス主演)にまで遡る…。

三月十一日
見た後に、
「だから何なんだッ!」
と、絶叫したくなった映画は数限りないが、そんな映画の中の代表的な一本が、この『シックス・センス』である。
なんでもアカデミー賞では作品賞を始めとして全六部門にノミネートされ、同年の興行成績第三位の大ヒット。面白かった映画・感動した映画としてこの作品を挙げた雑誌の記事を何度か見たことがあるが、一体それはどうしてなのか? と疑問を持たざるを得ず、義憤さえ感じたものだ。
ちなみにその年の興行成績第一位が『スターウォーズ・エピソード1』、第二位が『マトリックス』だ。
『スターウォーズ』シリーズは、私の不得手とするところなので脇に置くが、今も語り継がれる面白映画『マトリックス』の次が『シックス・センス』だというから、仰天・激怒するのは私だけではなかろう。
『シックス・センス』の激怒ポイント第一は、何と言っても最初のテロップである。
「この映画にはある秘密があります。まだ見ていない人には決して話さないで下さい。
・・・ブルース・ウィリス」
というご丁寧な前置きがそれだ。だから我々も、「ウオ~! ヒミツ~?」と期待に胸を高鳴らせて見るわけだが、その「秘密」が、始まって間もなくわかってしまうので、著しく興ざめするのだ。
実際私の周囲の人の多くが、
「最初の5分で分かった。」
と言っていた。これが最初の憤りである。
第二は(これが根本的なこの映画の問題点であるが)、
「死人が見えるからって、それが何なんだ」
ということである。人生で一番怖いのは死人じゃない、生きている人間ですよということである。死んだ人間は「オレオレ詐欺」なんかしませんよ、「練炭殺人」もしませんよということである。
そして第三の憤りは、主役のブルース・ウィリスである。この男、ただの胸毛オヤジなのに、のうのうと何十年もの間、イイ男のフリをし果(おお)せていることが、私は許せない。しかも、この男の出る映画は大抵つまらないのである。前評判は凄いが、膝カックンするほどつまらない。ならば勉強になるとか、マイレージが貯まる等の利点があればいいが、そういったモノが皆目無い。面白いのはせいぜい『ダイハード』シリーズだけである。

三月十二日
 私はそもそも、感動巨編と言われる『アルマゲドン』も全然駄目だ。人を泣かせよう、泣かせようとして作られたわざとらしさが興ざめなのである。実に安易である。犬を使った子ども向け映画とか、不治の病で余命何ヶ月といった映画と同じである。
そしてB・ウィリスは、相変わらずイイ男のフリをして、颯爽と胸毛を風になびかせている(頭の毛はなびかせられないから)。ああ、何なんだこの男…と思っているうちに、ふと思い出したのが『アンブレイカブル』だったのだ。

三月十三日
『アンブレイカブル』。
公開当時、映画好きのAさんが、あまりのつまらなさに困惑し、仕事も放擲(ほうてき)して何度か私に愚痴っていた作品だ。それ故私も「いつか見なくてはッ」と固く心に誓ったまま、アッという間に十年が過ぎてしまったのである。
さて、この十年前の映画を見るにあたり、私は最近の若者達の英語力のなさに、まず脱力した。
レンタルビデオ屋に問い合わせたところ、彼らは一様に、突拍子もない応答をするのである。電話は二軒の店にかけ、直接店のカウンターで問い合わせたのは一軒であった。

私「〇〇年の米映画『アンブレイカブル』ありますか?」
店員A「はい、『アベーカベー』、ですね」
店員B「え、『アネカ・ブル』、ですか?」
 
また少し前、谷崎潤一郎の『細雪』を古本屋で購入しようとしたときに、若い店員が、
「谷崎潤一郎という人の、『細雪』ですね?」
 と言っていたから、この店員は谷崎潤一郎という名を、その時人生で初めて聞いたらしかった。
それはさておき。とにかく私はこの映画を見た。そして呆れた。

UNBREAKABLE=壊れにくい

 物語は、一度も怪我も病気もしたことがない(アンブレイカブル)な男=B・ウィリスが主人公。この男が自分の特徴、つまり「無病息災」な人間であったということに初めて気づき、愕然とするという、サスペンスホラーであった。
 本当に凄い。たまたまこの世に存在した、無病息災男。だから一体、何だというのか。たとえばドラえもんの正体を、サスペンスホラーで語られても、客は困惑するのである。
「なんで、一分で宿題出来ちゃったの?」
「だって、ドラえもんだからね」
「え? なんでB・ウィリスは死なないの?」
「だって、無病息災男だからね~」
 で、終了ということである。
『シックス・センス』も『アンブレイカブル』も監督は、M・ナイト・シャマランという男だ。そして驚いたことにこの監督、他に『サイン』(二〇〇〇年米)という、かつて私が劇場で激怒した映画も作っていたのである。
M・ナイト・シャマラン。この男がB・ウィリスと組めば有る意味、無敵ということである。


誘われ続けて30年…。名曲が語る、草食系男子の実態。

画像 003 座椅子に閉じこめられ、ふてくされる由紀夫。出られないのが不思議。



Pink Tea Time 2010年1・2月号

誘われ続けて30年…。
名曲が語る、草食系男子の実態。


一月十一日
「何もしない」「何も出来ない」、ただ時の流れに身を任せ~という消極的恋愛生活、いや、恋愛無縁生活を送る、使い物にならない男の話は、去年さんざん話題にした。
そして念のため、周囲の独身男子六人(二十~四十代)にインタビューしてみたところ、なんと六人が六人とも、
「女性を自分からは誘えない。基本的に誘われるのを待っている」
 と言うではないか!
 驚愕である。ここにも居たか、「誘われ王子」。これから日本は一体どうなるのか。彼らに国は守れるのか? という猛烈な憂国の念に駆られたのは言うまでもない。 
 そしてその、ピキッと私のこめかみに、一本の青筋が立った一瞬の後、頭の中には一つの旋律が奇跡のように流れていた。
「ん? この曲はッ・・・?」
 それは昔、十代の桜田淳子が歌っていた歌謡曲『しあわせ芝居』であった。
『しあわせ芝居』…。
 一九七七年にリリースされた、淳子二十一枚目のシングルである。
 第一回「ザ・ベストテン」に第三位で初登場し、第二十回日本レコード大賞で、栄えある金賞を受賞。作詞作曲は、あの怪獣シンガーソングライター中島みゆき。当時十九歳だった淳子が第二十九回紅白歌合戦で歌った曲でもある。
 因みにこの回の紅白で、薄幸の兄弟デュオ「狩人」が二回目の出場を果たしているが、歌ったのは『あずさ2号』ではなく、『国道ささめ雪』という聞いたこともない曲である。こんな曲、どこにあったのか。「狩人」評論家の私としては実に心外であった。
 そして案の定、その後彼らが紅白に出ることは二度と無かった。JRでなく国道路線に変えたのが、失敗の元かもしれない。

一月十二日
 いや、話を戻そう。
 淳子の『しあわせ芝居』…、それはこんな歌である。
 泣きながら電話をかければ馬鹿なヤツだとなだめてくれ、眠りたくない気分の夜は物語を聞かせてくれるという、とても優しい恋人を持つ、喋り方に特徴のある一人の女。幸せだと思っていたその女が、ふと、あることに気づき愕然とする。電話してるのは私だけ、会いたがるのは私だけで、恋人から来ることは決してないということに…。
 男にもてなかった私は当時、
「ざまぁみろ」
 と思いながら聞いたものだが、三十年経って考えれば、問題はそんなところにあるのではないと、今気づいた。問題は淳子の方にあるのではないということに、私は今、気付いたのだ。なぜなら、この歌詞中の男は、現代の「誘われ王子」の特徴に酷似している。私はその時、ピキッと憂国の青筋を立てながら気付いてしまったのである!
 つまり、こういうことだ。
 自分から行動を起こさない「草食系」と言われる男は、実は最近出現したわけではなく、昔から存在していたのだ。
 だから淳子は、完全に勘違いしていた。相手は単に誘われ王子であっただけで、「電話してるのは私だけ」など悲観する必要は全く無かったのである。

一月十三日
 そもそも、「以前、デートは男から誘うものだった」というのは幻想ではないのか。別に男から女を捕まえに行ったわけではなく、ただ日本には「見合い」というシステムがあり、周囲がお膳立てしただけである。
 それなのに、「バレンタインデー」という伴天連(ばてれん)の祭が日本に定着し、この「男主導幻想」を作り上げた。バレンタインデーは、年に一度、女性から恋を告白できる日。だからその日以外の告白は、男主導が当然だという幻想に、日本全国民が陥ってしまったということではないのか。
 そういえば大昔。私もバレンタインデーには思い出があったよな。手編みの襟巻きをあげようと、好きな男のために必死で編んだが、不器用で四苦八苦している間に、友達のA子に先を越されたのである。このように男は昔から、待ちの姿勢であった。
 因みに、同じ回の紅白歌合戦でトリを務めたのは『プレイバックPart2』の山口百恵だが、この名曲でも強い女が主導している。
「勝手にしやがれ。出ていくんだろ」と強がりばかり言ってはいても、本当はとても寂しがりやの坊や。そんな坊やが哀れに思え、真っ赤なポルシェをかっ飛ばし、隣の車のミラーを擦りながら、プレイバックしていく、赤いドレスの百恵。実にかっこよかった。
 女は時代と共に進化したが、三十年前から変わらない男の情けない姿を、図らずも『しあわせ芝居』で思い知ったのである。

一月十四日
 ところで。
 青森市内で発行されている、お洒落なフリーペーパー「Nozacc」。この発行会社は、CM「きっと結婚したくなる」で有名な「イマジンウエディング」の系列である。
 私がこのCMに激怒したのは去年の三月号。その激怒エッセイをイマジンウエディング社長が読んで下さったのが縁で、「Nozacc」にコラム連載を頂いたのだから、世の中、何が幸いするかわからない。
 さらにその激怒がきっかけで、RAB「サタデー夢ラジオ」にも時々出していただくことに…。本当に世の中わからないものだ。
 そして去年八月「Nozacc」連載が始まって、私はやたらと人に指摘されるようになった。
「ひょっとして妹子さんですよね。びっくりしました。読みましたよ」
 などと多い日は二回も言われるのである。
 本当に凄い。私はこの十八年、グラフ青森に「Pink Tea Time」を連載させて頂いたわけだが、「読みました」などと言われるのは、年に一度あるかないかであった。
 しかも、「読んだ」という人の全てが、「銀行か郵便局で偶然」という偶発的事件であったから、なんとか買って読んで欲しいと、十八年間、心中で懇願し続けてきたのだ。
 そして先日、事件があった。私が「Pink Tea Time」の連載をまとめた単行本『桃色茶時間』が発売されたのは二〇〇一年。一部の熱狂的なファンに、第二集出版を切望される幻の名著であるが、売れなかったことだけは多分確かであろう。
 ところが先日、私のブログに以下の書き込みがあったのである。

「Nozaccのコラムがとてもおもしろく本(『桃色茶時間』)を買いました。期待に違わず大いに笑わさせてもらいました。妹子さんのエッセイはおかしいだけでなく、三島論、映画評など知性も光ります。青森にこういう才気あふれる女性がいることを嬉しく思いました。2冊目が全国区で発売されるのを楽しみにしています」
 
 今年は良いことがありそうな予感がムクムクと沸き上がっている。手始めに、去年飛行機が遅れて出られなかった「四〇代以上対象 出会いパーティー」に出るしかなかろう。
 ふっふっふ。待ってろよ! 神父!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。