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年齢詐称の女の巻

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ご学友のキャン太に、新年の挨拶をする由紀夫。





Pink Tea Time 2002年3月号

年齢詐称の女の巻

二月十六日
 朝、新聞をペラペラめくっていると、
「ドキッチ、参加を表明!」
 という見出しを発見した。
 むむむっと思って良く見ると、東レ・パンパシフィックオープンテニスにユーゴスラビアのエレナ・ドキッチという選手が参加する旨の記事であった。
 うーん、「ドキッチ」…。
捨て置けぬ名前である。
 先月は「ケチケメート市長からのメッセージ」という、これも捨て置けぬ見出しに遭遇したが、今度は「ドキッチ」。
 私は即座に夫に聞いていた。実のところ、あなたはユーゴ出身で、本名はドキッチではあるまいね? と。
 夫は、またお前、何をぬかす? とシラを切っていたが実に怪しい。更に続けて捜査に忙しい今日この頃である。

二月十七日
 さて、今日も節約に忙しい夫は、スーパー・ユニバースの半額タイムサービスから帰宅して言った。
「うーぬ、あのお総菜コーナー係の男、明らかに僕を避けているな!」
 なんでも夫がウロウロしていた時は、半額シールを貼るそぶりを微塵も見せなかった。ところが夫が帰ろうとしてレジに向かうと、ササッとその店員がマイクを持って厨房の奧から登場し、放送したのだという。
「エー、ただ今からお総菜コーナーは、全品半額、全品半額にてご提供いたします!」
 すると、夫。
「もちろん僕は、ダッシュでUターンしてトンカツをゲットしたけどねっ」
 売り場に舞い戻った夫を見て、その店員はかなり悔しかったらしい。
「半額シールを、バシッ! と叩きつけるようにして貼ってよこしたよ」
「ふーん…」
 思うにスーパーの厨房や事務室には、
「この男に注意!」
 などという写真が貼ってあるのではなかろうか。もしあるとしたら、夫の写真は市内の全スーパーに貼られているに違いない。
 だとしたら、一体夫のどんな写真なのか?半額シールを貼った瞬間、トンカツパックに飛びつく夫の、空中静止写真か? 夫だったら半額シールめがけて、空中を二、三歩歩いているかもしれない。
 あのマイケル・ジョーダンは「空中を歩く男」と言われているが、もしかして夫は「ユニバースのジョーダン」とあだ名されているかもしれないよな。
 そして、その空中写真の斜め下隅には、「アアーッ!」と悔しがっている、例の店員の顔も入っているのではないか?

二月十八日
 さて最近、相当に頭に来ていることがある。
 なぜに日本人というのは、「年齢」という価値観から抜け出せないのであろうか。
 私は職業柄、年をダイレクトに聞いてくるバカモノ共と遭遇する機会が山ほどある。その度に「二十四歳です」と答え続けて九年近くになることは、拙著『桃茶』にも書いた通り。
 しかし最近、ついに二十四歳はやめて「二十八歳」にすることにした。
 理由は、「二十四では詐欺と言われても致し方ない」という各方面からの批判がひとつ。そして、数字をひっくり返して、「二十四じゃなく、四十二でしょ」と言われて反論できなくなったという理由がひとつ。ならば、数字をひっくり返して、まさか「八十二歳」とは言われまいという理由がひとつである。
 しかし今度は、
「この間まで二十四だったのに、なぜ急に二十八歳?」
 とくる。そういう有象無象には、
「私は閏年生まれなの。この間、久しぶりに誕生日でね」
 と、こう答えることにしているのですね。
 
二月十九日
 それにしても女性に直接年を尋ねるとはなんたる失礼であろうか。そういうことが失礼だと教えない躾をしているわけだから、日本のモラルも地に落ちたと言わねばならない。
 これも日本の週刊誌における悪しき習慣が原因ではないかと私は密かに思う。
 例えばこうだ。週刊誌の見出しを見ると、
「和田アキ子(51)、殴る父に涙で訴えた過去」
 とか、必ず名前の後に年齢が入っているではないか。なぜ未だにそんな失礼がまかり通っているのか。確かに森光子の実年齢なら知りたい気もするが、無闇やたらな年齢表示は低俗すぎるのである。
 なんでもアメリカの履歴書には、年齢を書く欄がないそうだ。それに最近、新聞や雑誌の人物紹介を見ても、「○○年生まれ」と書いていないことが多い。
 大変よろしい。
 職場では私を「年齢詐称の女」と呼んでいるが、それは言いがかり。年を聞く方が悪いのである。聞かなければ答えることもないのだからね。

二月二〇日
 久々に、おバカのヒロシ(松子様の息子)情報をお届けしたいと思う。
 その後もなんとか臨時教員の仕事が繋がり、今も某学校に勤務しているヒロシ。そこの教頭が大層親切な教育者らしく、ちょっと前、教員採用試験の面接練習をヒロシのためにやってくれたと言う。わざわざ、ね。
 教員採用試験は専門教科、一般教養の外に集団面接も課されることになっている。

【集団面接練習の再現シーン ヒロシ編】
教頭「ではヒロシ君。質問に率直に答えるんだよ」
ヒロシ「ハイ!」
教頭「君はどうしたら、生徒の学力は上がると思うかね?」
ヒロシ「ハイ、僕は今の教育委員会の教育体制が変わらない限り、生徒の学力は上がらないと思います!」
教頭「バカモノッ!」

 本当に率直すぎるヒロシ…。
 今後のヒロシの行く末を、長い目で見守りたいと思う今日この頃である。
 
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全日本ハゲ擁護連盟の巻

待合室
大晦日。動物病院の待合室で落ち着きのない由紀夫。



Pink Tea Time 2002年 2月号

全日本ハゲ擁護連盟の巻

一月十日
 イチローが嫌いである。
 何が嫌いって、嫌いなものに理由などいらない。とにかく大嫌いだ。
 とは言え、私が大嫌いなものの一つに「納豆」があるが、納豆には嫌いな理由がちゃんとあったよな。勿論、爆発的なニオイである。
「たった今、革靴を脱いだばっかり」
 といった状況のオヤジの足から発せられるようなウルトラ刺激臭。あれは殺人的だ。
 このように、納豆と並んでイチローがいるのであるが、前者には嫌いな理由があって、後者にはない。
 ということは、万一納豆のニオイが、ある日「青きパパイヤの香り」に品種改良されたとしたら、私は納豆大好き人間になるだろうということだ。健康にもいいし。
 しかし、イチローを好きになる可能性は、何があってもないのである。チチローにはあったとしても、イチローにはない。なんたって「理由無き嫌悪」なんだから。
 
一月十一日
 それでも強いて理由を挙げろと言うのなら、まずあの「キザ男」ぶりを挙げねばなるまい。
 例えば、スポーツニュースが流れる。
バッターボックスに、キュキュキュッと内股で立ったイチローが、バットを二三度振り回す。ふぅッと息を吐くイチロー・・・。今度は顔面も左右に二三度振り、投手の方向を、半眼流し目で見据えるイチロー。
「ちッ! ・・・ったく、カッコつけやがって。お前は長谷川一夫かッ」
 というのが、私のいつもの感想だ。
 また例えば、ザザーッと盗塁を決めた時のイチロー。塁に付けた片足と地面の角度が、妙にキマっている。きっと自分の足が最も美しく見える角度を、日々研究しているに違いない。
 また例えば、野茂からデッドボールを喰らった時のイチロー。「ううーッ!」という叫び声と、ハラハラ~という劇的な倒れ方は、ひょっとしてデッドボールの受け方まで家で練習してたのか? と思わせた完璧なリアクションだった。あり得なくはない。だってイチローだから。
同じキザでも新庄剛志のキザは実力的根拠がないから許せるが、イチローは毎日技を決めまくる故、「真のキザ野郎」なのである。

一月十二日
 嫌いな理由の二つ目であり、実はこれこそ最も許し難いことなのだが、それはイチローの帽子の被り方である。
 全く驚きだ。もう立派な大人で、五つも年上の女房までいるのに、なぜ野球帽を後ろ前に被っているのか? あの、ベビーフェイスのタイガー・ウッズだって普通に被っている。
 しかもイチローは、帽子を後ろ前に被り、なおかつサングラスをしている。一体何のための帽子なのか? お日様が眩しいなら、帽子の鍔(つば)を後ろにするなと私は言いたい。
 そんなこんなで、私にとっての宿敵イチロー。来年こそは野茂に敵を取ってもらいたいものだ。待ってろよッ、イチロー!

一月十三日
 さて先日「広報あおもり」に、「友好都市からメッセージ」の見出しで、ハンガリー共和国・ケチケメート市長の挨拶が載っていた。
 私はハッとした。
 ケチケメート市。捨て置けぬ名前である。
 私は即座に夫に聞いていた。実のところ、あなたはケチケメート市出身ではあるまいね? と。
 夫は何でそんなこと? とシラを切っていたが、実に怪しい。続けて捜査に取り組む構えの今日この頃である。

一月十四日
 ところで私が「全日本もも引き普及委員会」委員長を自認していることはご存じの通り(拙著『桃色茶時間参照』)。
 東京都は「ホテル税」を導入するらしいが、青森県は「もも引き不着用税」を制定し、真冬にナマ足で歩くバカモノなどから、バックバックと税金をとって欲しいと思う。
 それに対抗するわけではないが、「全日本ハゲ養護連盟」を結成する勢いの人物が、ついに登場した。何を隠そう、旅のライター・河原崎理佳さんである。
 今、理佳さんが惚れ込んでいるハゲは、『Xファイル』のスキナー副長官という、私の知らない人物。で、一体そのハゲのどこがいいのか尋ねたところ、
「すごーくイイ男のくせに、ものの見事にハゲてるところがたまらないのよ! 頭の形がよくてツヤツヤしている点もポイントかな」
 と両手を胸の前で堅く組み合わせ、瞳を輝かせて言うのである。
「私はね、ハゲを隠そうとする男が大嫌いなの。男達よ! もっと堂々とハゲろ! 陰でコソコソハゲてるんじゃない! と声を大にして言いたい!」

一月十五日
 彼女がハゲに目覚めたのはかなり前に遡る。大好きだったショーン・コネリーを、久々に映画『風とライオン』で見た時だったそうだ。
「007であんなにカッコよかったのに、いきなりハゲていてびっくりした」
 それを言わせれば、カツラ鑑定の達人・私のお母様を忘れてはならない。お母様は一目で「ズラか本物か」を鑑定できることで有名だが、お母様によると、
「あの男はねぇ。一本目の007から、ズラだったんだよ」
 だそうである。念のため。
 C・コネリーの「いきなり、ハゲ」に衝撃を受けた理佳さんだったが、そのうち彼のハゲっぷりを「男らしい潔さ」と感じるまで、さして時間はかからなかった。本当の自分をさらけ出し、真っ向勝負に出る態度に感動したのである。
 その後、仏教系の大学に入った理佳さんは、ますますハゲの造詣を深めた。仏教だけに同級生には寺の息子が多く、いろいろなパターンのハゲを見たそうである。
 そして刑事コジャック、草刈正雄、ジャン・レノなど「立派なハゲの男たち」を次々発見する(私は知らなかったが、草刈正雄は一時、ヅラ無しでテレビに出ていたそうだ)。 

一月十六日
 そんな理佳さんだけに、ハゲをひた隠しにする「バーコードヘア」が大嫌いだ。
 例えば、軍事評論家の某氏。頭の約九割がハゲなのに、残り一割の髪で九割のハゲをカバーしようとする所に無理があると言う。
「雨が降ったらバーコードもワカメ状態よ! それとも雨だとは外出しないの?」
 と、理佳さんはその不自然さを批判する。
「堂々としたハゲは男の勲章です。男性ホルモンが多いって事だから」
 とまで言い切るハゲ・マニア理佳さん。是非、毎年「ベストハゲ大賞」ランキングを出す等の意欲的な活動をしてほしい。強く期待する私である。


火を噴くゲゲゲの鬼太郎の巻

もっと喰いたい
「病院は嫌いです…」固まっている由紀夫。



Pink Tea Time 2002年 1月号

火を噴くゲゲゲの鬼太郎の巻

十二月十四日
 去年のことである。
「とにかく、超凄いから見た方がいい」
 と梅子様から「あるビデオ」を強く勧められたことがあった。
 やはり血筋であろうか。いつも無理矢理、内野聖陽や染五郎のビデオを宅配便で送りつけるお母様に似ている。
 正直言って私は、全然見たくなかった。というのも内容は私の苦手とするクラシック番組『N響アワー』だったからだ。
 一方、梅子様は大のクラシック好き。その余波を受け、いつも夫の銀次郎氏は無理矢理コンサートに連行されている。連行される理由の一つは、梅子様が大変な方向音痴で、一人ではコンサート会場に行けないという点があることを忘れてはならない。
「それでも夫は最近、芸術を楽しんでいますのよ。ホホホ」
 と梅子様はおっしゃるが、銀次郎氏は毎回、演奏中に熟睡しているのを私は知っている。
「静かな音楽の中で寝るのも、またいいものだよ。フォッ、フォッ、フォ」
 とは銀次郎氏の弁だから、さすが「逆・鶴の恩返し夫婦」と言われる梅子・銀次郎夫妻。深夜まで家事をする銀ちゃんは、相当疲れているんだろう。とはいえ、高い入場料をドブに捨てていると言っていいわけである。
 話を戻そう。
 かくしてそのビデオを、私は渋々見た。しかしこれが予想に反し、実に興味深い問題ビデオだったのである。
 
十二月十五日
 もちろん、問題は演奏自体ではなかった。問題は、指揮者の顔である。
 これが(「これ」というのも何であるが)、梅子様の「超凄い」の言葉を裏切ることなく、全く一見の価値がある「もの凄さ」なのであった。
 問題の顔の持ち主は、チョン・ミュンフンという韓国人指揮者であった。
 演奏前の数分間、指揮者のインタビューがあった。その時のミュンフンは、シックな黒のとっくりセーターなど着て、ゆったりと椅子にもたれ、紳士然として芸術を語っていた。その時は、特に何の異常もなかったと記憶している。多少、ゴリラに似た顔立ちだなと思った程度であった。
 梅子様も、一体どこが「超凄い」のか、全くヒントを下さらなかったので、私は、
「…ったく、ゴリラの指揮なんか見たかねえよ」
 といった時化(しけ)た心境で、続く演奏シーンに臨んだのである。
 ところがである。暫くして私は、我を忘れて食い入るようにTV画面を凝視している自分を発見した。というのも、ゴリラだったはずのミュンフンの顔が徐々に変形し、いつしかその形相は、「火を噴くゲゲゲの鬼太郎」のようになっていたからである。

十二月十六日
 とはいえ、初めあたりの穏やかな曲調では、うっとりと目を閉じ、ゆっくりと指揮棒を振っていたミュンフン…。完全に自分の指揮に陶酔しきっていた。
 ここまではよくあるパターンである。
 ところが、目を閉じたミュンフンが長時間、口を開いたままなのである。いつその口からヨダレが垂れるのか、大層気になってきたところあたりから、「なんか変だ」と私は思い始めた。ポッカリ開いた口の歪み具合によって、七変化する表情があまりに大胆で、見る者の目を釘付けにするのである。
 例えばある瞬間は、バナナをアングリ食べようとするゴリラ。次の瞬間は泣きべそ顔のゴリラ。瞑目して浪花節を一つ、温泉で唸っているゴリラ。ジャングルで誤って棘を踏みつけ、「オゥッ!」と叫んでしまったゴリラなど、実に豊かなゴリラの表情の変化を、次々と見せてくれる。
 と、演奏は突然激しい曲調になり、音量がドドーンと上がったかと思うと、ミュンフンの顔は次の瞬間、ボボーッ! と口から火を噴くゲゲゲの鬼太郎に変わっていた。
 完全に充血した眼をカッ!と開くと、眦(まなじり)はビリッ! と裂けている。頭を前後左右に、速く大きく揺さぶっているミュンフンの少ない髪…。
この映像の凄さは、上半身の激しい動きで完全に逆立った少ない頭髪と相まって、六臂(ろっぴ)三目(さんもく)の愛染明王をも連想させた。「ザ・コンダクター・フロム・ヘル」とでも言いたいところだが、愛染明王は地獄じゃないよな。

十二月十七日
 いや、そんな呼び名はどうでもいいのである。問題はその「問題ある顔」をアップで写し続けるNHKである。
「N響アワー」は作曲家の池辺晋一郎と女優の壇ふみ司会の大変上品な番組であるが、もし私がNHKの番組審議委員なら、断固「ミュンフンだけはなんとかしろッ!」と主張するであろう。
 そもそも「N響アワー」はクラシック音楽番組であるはずだ。それなのに、ミュンフンの顔の変化を一部始終中継して何になるのか? 視聴者はとても曲など聴いていられないではないか。
 これじゃぁ「鬼太郎アワー」だ。
 その証拠に、一体どんな曲を演奏したのか、私には全く記憶がない。「火を噴く鬼太郎」だけが記憶に残っている。
 それに梅子様がお茶の間でこのビデオを見ていた時、たまたま息子の大輔が通りかかったそうだ。当時高校生だった大輔はロック少年であったが、雷に打たれたように立ちすくみ、小一時間ほどじっとミュンフンを凝視していたという。その時の大輔の表情は、まるでホラー映画を見ているようであった、と梅子様は語る。

十二月十八日
 そもそも、壇ふみはおかしくないのか? これを見て笑わない人の気が知れない。
 演奏後の司会で、
「素晴らしかったですねぇ。私、ミュンフンさんのファンですが、感激しました」
 とか真顔で言っていたが、それは本心か? などと真剣に視聴者は思うのである。
 とにかく、梅子様には大変貴重なビデオを見せてもらった。今となっては感謝の気持で一杯である。
 私は、どっぷりと落ち込んでいるときに見る「癒しのビデオ」というのを持っている。それは三谷幸喜作、西村雅彦・近藤芳正出演の芝居『笑いの大学』だ。いつ見ても無条件に一時間は笑えるので、落ち込んでいる気持もサッパリと晴れてしまうのだ。
 このミュンフンも「癒しのビデオ」ライブラリーに堂々入るのではないか。それとも「ホラービデオ」ライブラリーか?

 

運命は変えられないの巻

痩せました。
大晦日の由紀夫。0.8?痩せました。



Pink Tea Time 2001年 12月号

運命は変えられないの巻

11月16日
 ますますドケチモードに拍車をかけている我が家の、ある朝の会話。
「ちょっとぉ。このコーヒー、ただの茶色いお湯なんだけど…」
「当たり前だろ。僕がもう、二番煎じを煎れた後だもん」
「・・・」
 7月号でご報告した通り、私のコーヒーはいつも、夫が飲んだ出がらしで煎れるというコースが、春から定着していた。ところがさすがドケチの神様、夫。休職をきっかけに、今まで濃いコーヒーを飲んでいた贅沢を反省し、自分でも二番煎じを飲むよう体質改善していたらしい。
 うーむ、夫恐るべし。
 ついでに言えば、コーヒーメーカーは景品で貰った物でタダ。それでも保温にすれば電気代がかかるので、煎れたコーヒーはすぐさま小型ポットに入れる。外出時はポットを持参。休日でも、ポットのコーヒーを小出しに飲むという仕掛けだ。
 私は通常、コーヒーでなく冷たい緑茶を入れて通勤する。中の緑茶はもちろん、旅先のホテルから持ってきたティーバック。または実家から貰った香典返しのお茶を水出しするのだ。

11月17日
 右隣の席の同僚は、毎日二本、ローソンから購入したペットボトルのお茶をぐびぐび飲んでいるが、この人は大富豪の娘なのかと私は日々疑っている。
 左隣の同僚も、つい最近まで右隣と同じ放埓な習慣を持つ人物であった。ところが私のポットを見て、人生を変えたようである。しかも、最新式ポットを店で発見したと、私に喜んで報告してくれたのであった。
 それは、直接ポットに口をつけて飲めるという、哺乳瓶タイプのものだった。
 うーむ。なるほど・・・。これだとカップを使う必要がなく、カップを洗う時間と水、加えてカップを置く場所まで節約できるという三拍子そろった節約タイプ。たいした優れものだ。勿論、逆さにしても水は出ない設計になっている。
 左の同僚は毎日、そのポットにチュウチュウ吸い付き、満足げに水分補給をしている。それを見る時、私は溢れる喜びに目を細め、この職場の人間全員が、一斉に哺乳瓶ポットに吸い付く日を夢見てしまうのである。
 もちろん、二番煎じね。

11月18日
「妹子さん、お肉事件のこと聞きました?」
 梅子お姉様が電話で報告する。
「実はね、先日松子様のもっこりした背中を見て、まあ一体、服の中に何を入れてるの? って首の下から手を突っ込んでみたら、それは松子様の背中の肉だったんです」
「・・・・・・」
「まあ、いつからこんなに肉付きが・・・。でもこの背中の形、どこかで見たことあるわって思ったら、隣に座ったお母様の背中も、同じようにもっこりしてるわけ。ああいやですわ。年をとったら、私もああなるのかしら・・・」

11月19日
 年を取ると腹と腰の周囲に肉がつくのはわかっていた。
 お母様は腹と尻を引っ込めるためのボディスーツと呼ばれる下着を、もう数十年愛用している。これを装着する時、ファスナーがなかなか閉まらず、お母様はいつも汗ダクダクになっているよな。ハッハッと息を切らし、鬼気迫る表情で腹を引っ込め、ファスナーを上げている。
 しかし背中にも「肉もっこり」というのは予想外であった。前側だけでなく、裏側にも油断できないということである。
「そして、お母様のジンマシン事件は聞きましたかッ!」
 梅子様はさらに報告したくてうずうずしているようであった。
「それは先日、お母様がいつものように銀次郎さんのオニギリを握っていた朝のことでした・・・」

11月20日
 梅子様自身は朝ぐっすり寝ているので、七時前に出勤する銀次郎氏のオニギリ(車内での朝食)は、毎朝お母様が握っている。
「すると、急に手が痒くなったので、変だなとは思ったらしいのです。でも手につけた塩のせいかしらんと思い、なおも握り続けていると、そのうち足まで痒くてたまらなくなってきた。でも、手にはオニギリを持っているから、我慢して最後まで握り続けたそうです・・・」
 そこまでして、義理の息子のためにお母様はオニギリを握っているというのに、妻の梅子様こそ握ってやれッ! と私は心で叫んでいたのである。
 そのうちお母様の痒みも治まったが、昼食を食べて暫くした頃、また痒くて痒くてたまらなくなったそうだ。皮膚も赤くなっている。病院に行くと、
「食べ物によるジンマシンですね」
 そう言えば前の晩、アジの刺身を食べた。そうとは知らずに昼食にも残りの四切れを食べたのが悪かったのかッ、とお母様が回想しているうち、医者は注射を一本、お母様にブスッと突き刺したという。
 ところが病院からの帰り道、お母様はまたまた全身、特に腹とお尻が痒くて痒くてたまらなくなったという。でもまさか公道の世間様の前で尻を掻くわけにもいかない。
 我慢出来なくなったお母様は、中三デパートのトイレに駆け込み、思いっきり全身を掻きまくったというのだ。

11月21日
「あの注射が悪かったんじゃないですか?」
 帰宅後、お母様は全身を亀の子タワシでこすりながら、医者に電話した。すると慌てた医者は、またすぐ来てくれとの返事。
 お母様はその日、スカートをはいていた。望むところだッと病院に引き返し、お母様は医者に勢いよくスカートをベロッとめくって、お尻をご覧に入れたという。
「医者も驚愕したんじゃない? って松子様は言うわけ。なんたってあの大きなお尻ですから」
「うーん・・・」
「そして、爪で掻きまくったから全身傷だらけだよって、私たちにグイッと腕をまくって見せるんですの。そしたらホントにビックリでした。その腕の太いことったらもう・・・」
 梅子様の興味は、お母様のジンマシンに関してなど微塵もなく、将来自分もお母様のような「お肉」になるのかという一点に絞られているようであった。
 今では体型が瓜二つになりつつあるお母様と松子様。「運命は変えられない」という真実を、まさに目撃していると言っていい現象であった。


「フネ、明日は出番だぜ!」の巻

賀正
「今年も、よろしく!」って、寝てるだけの由紀夫。


Pink Tea Time 2001年 11月号

「フネ、明日は出番だぜ!」の巻

10月18日
 ボストンから帰ってみると、なんと愛しの野茂英雄様からの「お手紙」が、郵便受けにしずしずと厳かに入っていたのであった。
「うおぉーッ! き、来たーッ! の、の、野茂から手紙がぁッ!」
 その時、私の顔にはフェンウェイ・パークで聞いたアメリカ国歌が、パパパンパンパンパンパーパパッと鳴り響いていたのである。
「うおぉーッ! まさに、ここに、て、手紙がぁッ!」
「・・・手紙じゃなくてサインだけだろッ」
 脇で夫は叫んでいたようであるが、もう私の耳には何も聞こえなくなっていた。
「この封筒を、野茂は掴んだのねッ!」
 野茂の指紋がついていやしないか、舐めるように封筒に顔を近づけ、ひっくり返したり透かしたりして探したが、残念にもそれはない。そして夫が言う通り、本当にサインだけで、後は何一つ書かれていなかった。
 せめて封筒の裏に「メジャーリーガー 野茂」とか、「奪三振王に輝く野茂英雄より愛を込めて」、または「ついでに四球王にもなってしまった野茂英雄より」とか書いてあってもよさそうじゃないかと思ったが、全くの白紙。私が表に書いた「大野妹子 行」という宛名もそのままであった。
「さすが、仏頂面の野茂だわぁ。きれいさっぱりサインだけねぇ」
 と、テレビの印象通りの潔さにますます感心した私だったが、肝心のサインを見て不思議に思わざるを得なかった。

10月19日
「このサインは残念だけど贋物だね」
 と夫。というのもローマ字筆記体サインが、とてもじゃないけど「ヒデオ・ノモ」とは読めず、どう見ても、
「フネ・ニネ」
 としか読めなかったからである。カードにはこんな具合に書いてあった。
「Hune Nine」

10月20日
私 「何なの? フネ・ニネって」
夫 「だから贋物なの! そのサインはダン野村とか誰か別の人が代理で書いたんだよ」
 しかしである。愛想はないが真っ正直な野茂に限って、そんなインチキをするはずがない。私は色々考えた。そして思った。公表はされていないが、きっと「フネ」というのは野茂の愛称、つまりニックネームなのではないかと。
 レッド・ソックスの同僚は皆、外国人。だから「ヒデオ」とうまく発音できないので、野茂を「フネ!」という磯野波平の奥さんのような名で呼び親しんでいるのではないかと…。例えばこんな感じだ。
同僚A「フネ! 明日は出番だぜ!」
同僚B「フネ! フォアボール出すなよ!」
同僚C「フネ! サザエはどこだ!」
野茂「・・・・・・(英語がまだ話せない)」
 そうだ、そうに違いない。私はそれで一つの疑惑が晴れたような感じで、大層スッキリした気分になった。
「やっぱり、このサインは本物なんだ!」
 が、その喜びもつかの間。また一つの疑問がむくむくと頭をもたげてきたではないか。
「じゃあ、“ニネ”って何?」

10月21日
 さて私が同日、いかにして拙著『桃色茶時間』と返信封筒入りファンレターを野茂に届けたかをご紹介したい。
 多くの人は早めに球場に行き、試合前の練習が終わった選手を捕まえてサインをねだるらしい。しかし、それはしたくなかった。
 というのもその時、万一野茂に『桃茶』を渡せても、きっとベンチに忘れて帰るだろうと思ったのである。野茂のことだ。何を忘れてもおかしくない。そこで私は球場内をぐるりと見渡し、「お客様窓口」という看板に目を付けたのである。
 試合途中、レッドソックスの攻撃で席を立ち、その窓口でわめいてみた。
「野茂にプレゼントを渡しに、ニッポンから来ましたぁ!」
 二,三回叫ぶと、相当うるさかったのだろう。脇にいた白髪のおじいちゃんがニコニコ顔で話しかけてきた。この休場では、シルバー人材センターから派遣されたようなおじいちゃんが何人も働いていて、客席誘導とかファンサービスとか、細かい仕事を担当しているのである。再雇用システムがしっかりしているなぁと感心する。
 そのおじいちゃんは「トイレの向こうの赤いドアをノックしてごらん」と優しく教えてくれた。ウルトラ方向音痴の私が、迷い迷いしてそこに着くと、ドアの前には体格の良い警備員が仁王立ちしていた。かなり怖そうであった。それでも、
「野茂にプレゼントを渡したい!」
 と勇気を振り絞って言ってみると、その警備員、
「そういう贈物は通常受け取らない」
 と、素っ気なく言うのである。この男は、私の「八〇セント切手物語」を知らないから、こんな冷たいことが言えるのである(先月参照)。
「お客様窓口の人に、そうしろと言われたんです!」
 本当は違うが、そう食い下がると、警備員は二つ三つ質問して中身を確認し、赤いドアをノック。中から出てきた老人に事情を話し、『桃色茶時間』を渡してくれたのだった。
 
10月22日
「為せば成る!」
 この言葉を実感した。そして思った。
 私がこの「グラフ青森」誌上で、近々「独占! 野茂英雄インタビュー!」という特集を組める日も近いのではないかと。
「妹子が暴く、野茂のやんちゃな素顔!」
「野茂のニックネームは、フネだった!」
 などという副題なんか付くかもしれない。
 後日、梅子お姉様(これまた、超野茂マニア)から一本のビデオテープが届いた。
「妹子達がレッドソックスを見に行った試合、録画しておきました」
 画面の端には帽子を目深に被り、サングラスをした、銀行強盗のような人物が確かに写っていた。日焼けによるシミ・シワ防止のため、白手袋まではめて完全防備した、私の姿であった。
 この白手袋はボストンでは勿論、ニューヨークでもかなり珍しがられたことは特筆に値する。私は外出するとき、シミのない白い手を維持するため、白手袋は欠かさない。それがアメリカ人には大層不気味らしい。 
 ニューヨークの地下鉄でも、皆が一斉に私を見る。視線の先を見ると、ドラキュラ伯爵を見るような怯えた目で、私の手を見ているのであった。
「人種のるつぼと言われるこの街で、これほど注目を集めるのも至難の技だよね」
 と夫は言う。そう言われるにつけ、私の独占野茂インタビューも近いかもしれないと、一人ほくそ笑むのである。


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